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九大理学部ニュース

物理水の物理化学から環境科学の問題に挑む

植松 祐輝

水は、私たちの身の回りのいたるところにありふれています。そのため、生命活動や自然界の物質循環は、様々な物質を溶かしたり状態変化したりする水の物理化学的な性質を有効に活用しています。私たちも、自然界にならって水の様々な性質を利用し、生活を豊かにしてきました。そんな生活に根付き、毎日利用している水ですが、その物理化学的性質は未だ完全に理解されたとは言い切れません。例えば、疎水性界面と呼ばれる、水と空気などが接した境界面では、ジョーンズ・レイ効果と呼ばれる表面張力に関する現象が知られており、そのメカニズムについては未解決のままとなっていました。そこで、物理学部門 複雑物性基礎研究室の植松 助教らは、水に溶け込んだ微量な不純物が疎水性界面に吸着することを考慮することにより、ジョーンズ・レイ効果のみならず、その他の疎水性界面の特性も統一的に説明できることを示しました。この研究成果が認められ、植松助教は福井謙一奨励賞を受賞しました。水の物理化学研究の今後の展開について、社会との繋がりも交えて、植松助教にお話ししていただきます。

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化学高効率発光材料の基礎となる錯体内のエネルギー挙動

宮崎 栞

スマートフォンやテレビのディスプレイでよく耳にする有機 EL (エレクトロ・ルミネッセンス) パネルには、有機物に電圧をかけると発光するという仕組みが利用されています。このように、発光する物質は工学的な応用も多く、より高効率かつ色純度の高いものを求めて、様々な材料が開発されています。しかし、そのような発光材料の中には、なぜ高効率な発光を示すのか詳しく分かっていないものが多数存在します。その 1 つが、希土類金属の錯体です。化学専攻 分光分析化学研究室の宮崎さんらは、特に三価ユウロピウムの錯体に注目しました。この錯体の発光の様子を、非常に短い時間間隔で追跡し分析を行ったところ、これまで知られていなかった新しいエネルギー移動のメカニズムがあることが示唆されました。発光材料の基礎的な性質を理解することは、新たな高効率発光材料を開発するヒントとなるため、宮崎さんらの研究は非常に重要です。

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生物睡眠メカニズムの形成は脳の獲得に先立つ

金谷 啓之

「眠りとは何か」。私たちが毎晩経験する眠りの起源は、進化的にどこまで遡るのでしょうか。睡眠は、ヒトをはじめとする哺乳類に限らず、魚や昆虫などの幅広い動物種で観察されます。睡眠は記憶などの脳機能と関連していることから、「睡眠は脳を休息させるための現象である」という考えが一般的です。東京大学大学院 医学系研究科 (研究当時 本学生物学科 4 年生) の金谷 啓之と九州大学 基幹教育院 伊藤 太一 助教らは、Ulsan National Institute of Science and Technology の Chunghun Lim 准教授らと共同で、進化的に脳を獲得していない動物ヒドラにも睡眠が存在すること、さらにはその制御因子が脳を持つ動物と共通していることを発見しました。これは、「睡眠メカニズムの形成が脳の獲得に先立つ」可能性を世界で初めて実験的に証明するものです。

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物理人工細胞でさぐる細胞の「対称性」の不思議

坂本 遼太

私たちを形作る細胞は、変形・運動・分裂といった動的な変化を見せます。この動きは、細胞の主要な構成要素の 1 つであるタンパク質のうち、細胞骨格タンパク質とよばれる生体分子と、モータータンパク質とよばれる別の生体分子の連携によって生み出されることが知られています。この細胞骨格タンパク質であるアクチン分子、そしてモータータンパク質であるミオシンは、細胞の大きさに比べると非常に小さなものですが、分子同士が相互作用して集合体になることで、細胞内に流れや力を生み出し、細胞内の構造物の配置を制御していると考えられています。従来の生命科学では、主として新たなタンパク質の発見や、生化学反応の詳細な理解が進められてきました。近年では、力など物理的な要素が関わることが注目され、物理学と生命科学の双方からの理解が求められています。しかし、生きた細胞は非常に複雑であるために、このような構造形成の仕組みを物理的な観点から理解するには、十分な実験手法が発達していませんでした。そこで、物理学専攻 複雑流体研究室の坂本さんらは、実際の細胞を単純化した人工細胞を作成することで、このメカニズムについて研究を行いました。人工細胞は、サイズ・形状・タンパク質濃度などを容易に変えることができるため、生命現象を物理的な観点から調べる上で好都合です。この研究では、人工細胞内部の球形の構造物が、人工細胞の大きさに応じて配置場所を変化させる現象を見出し、アクチンとミオシンによる力の綱引きが重要な役割を果たしていることを明らかにしました。

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地惑火山噴火の激しさの鍵となるマグマ内の発泡現象

西脇 瑞紀

炭酸飲料のペットボトルキャップを開けるとき、泡が吹きこぼれることがあります。このようなことが起こる理由は、キャップを開けたときにペットボトル内の圧力が下がり、飲み物に溶け込んでいた二酸化炭素が急に溶け込めなくなって、泡として液体の外に飛び出すからです。実は、火山噴火を引き起こすマグマの中でも、同じようなことが起こっていると考えられています。地中のマグマが地表近くまで上昇すると、圧力が下がってマグマに溶け込んだ水や二酸化炭素などの揮発性成分が一気に気泡へと変化し、激しい噴火を引き起こすのです。マグマ内に気泡がたくさんあるという痕跡は、火山噴火のときに地上に噴出した溶岩や軽石などに見られます。このような気泡の様子を実際に観察できる火山噴出物と、マグマ内の発泡現象についての理論モデルを比較することで、火道内のマグマの様子や噴火のメカニズムが、これまで理解されてきました。しかし、従来の理論モデルでは、マグマの粘性の影響を一部考慮できていませんでした。そこで、地球惑星科学専攻 岩石循環科学分野の西脇さんらは、これまで無視されてきた効果を考慮した新たなモデルを構築しました。この研究により、高粘性のマグマにおいては、従来モデルは単位体積あたりの気泡の数を数桁も多く見積もってしまっている可能性があることがわかりました。

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数学素数の近似公式を果たす「ゼータ関数」

アデ イルマ スリアジャヤ

「素数」と聞くと、わたしたちの生活とかけ離れたもののように思われるかもしれません。しかし、実は情報社会が成り立つためには素数が無くてはならない存在であり、通信の安全性は素数によって保たれているのです。本稿では、そんな素数が魅せる不思議な世界について数理学研究院のアデ イルマ スリアジャヤ先生に解説していただきます。素数とは何なのか? どれくらいたくさんあるのか? という素朴な疑問からはじめて、「素数の分布」と数学界の未解決問題「リーマン予想」のつながりや先生ご自身の研究に至るまで、ワクワクするような数学の物語へと飛び込んでみましょう。

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地惑サンゴ化石の古気候記録が語るメソポタミア文明の消長

山崎 敦子

西アジアのメソポタミア地域では、約 4,600 年前に史上初の帝国と呼ばれる「アッカド帝国」が誕生しました。この帝国は 400 年ものあいだ繁栄を続けましたが、突然に滅亡してしまいます。これまでの考古調査や古気候の復元記録によると、帝国の崩壊には「急激な乾燥化」が影響したことが分かってきました。しかし、乾燥化の気候メカニズムはよく分かっておらず、メソポタミア地域の社会が受けた影響も不明でした。そこで私たちは造礁性サンゴの化石に着目しました。アラビア半島のオマーンにて化石の発掘調査をおこない、アッカド帝国の滅亡前後に相当する「4,500 年前 〜 2,900 年前の試料」を良い保存状態で発見しました。サンゴ化石の地球化学分析をおこない、当時の海水温や塩分変動を復元したところ、約 4,100 年前の冬は他の時代とくらべて極めて乾燥・寒冷であったことを解明しました。乾燥・寒冷な気候によりアッカド帝国の農業社会は不振となり、帝国が滅亡したことが示唆されました。

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物理超対称性粒子の質量の持つ新しい性質

奥村 健一

物質を形作る最も基本的な粒子である素粒子は「標準模型」と呼ばれる理論でよく理解できることが知られています。しかし宇宙の暗黒物質など説明できない現象があるため、研究者はさらに基本的な理論があると考えています。その中でも有力とされるのが超対称性理論です。超対称性理論は標準模型のすべての素粒子に対となる新しい素粒子を予言します。そうした新しい素粒子の質量は「超対称性の破れ」によって決まっています。本研究では量子重力理論の候補である「超弦理論」の予言する「モジュライ媒介」と呼ばれる超対称性の破れを詳しく調べました。そしてこれまで存在すると考えられていた重い素粒子からの補正がある一般的な条件の元で奇跡的に消えてしまうことを明らかにしました。

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化学乳がんの新しい治療薬に向けて

枡屋宇洋, 松島 綾美

ビスフェール A (BPA) はプラスチックの原料として広く利用されています。ところが近年、BPA がヒト核内受容体へと結びつき、内分泌かく乱物質として毒性をもつことが指摘されました。そこで様々なBPA類似物質が代替として用いられていますが、それらの反応を実際に調べた実験はまだ数えるほどしかなく、BPA 類似物質が生体におよぼす影響はよく分かっていません。そこで構造機能生化学研究室の枡屋宇洋と松島准教授らは、127 種類もの BPA 類似物質について女性ホルモン受容体 α 型との結合を系統的に調べ上げました。5 種類の化合物が、女性ホルモン作用の阻害剤であることを新発見しました。4 つの阻害剤には三環系ビスフェノールという共通構造がありました。この構造が阻害剤として好まれる理由を分子ドッキング法から裏付けました。より根本的な理解へ向けて、DV-Xα 法という第一原理計算をタンパク質系へと世界で初めて適用しました。以上のような基礎研究は、乳がんのような女性ホルモン依存がんの治療薬につながると期待されます。

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生物「時計」を失った生物ヒドラの謎

金谷 啓之

ほぼ全ての生物には体内時計が存在します。ヒトも例外ではありません。夜には眠り、朝には目が覚めてきます。こうした体内の「時間」は、時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群によって作り出されると考えられています。しかし、サンゴやクラゲの仲間であるヒドラには、主要な時計遺伝子が存在しないことが分かっていました。そこで本研究では、あえてヒドラの日内変動を調べることで、まったく新しい観点から体内時計の起源に迫りました。ヒドラの行動を詳細に解析したところ、昼夜のサイクルに同調した行動を示しました。また、遺伝子レベルでの日内変動を調べてみると、ヒドラが持つ約 24,000 個の遺伝子のうち 380 個の遺伝子の発現には、約 24 時間の周期性が見られました。ヒドラは時計遺伝子を持たないにも関わらず、周囲の環境変化に応じて 1 日のリズムを作り、生体機能を調節していると考えられます。体内時計の意義を探る上で、ヒドラが大きな可能性を秘めていることが期待されます。

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