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九大理学部ニュース

生物細胞の「柔らかさの変化」が細胞の急速な形態変化を可能にする

青木 佳南

悪性化したがん細胞は非常に高い運動能力を持ち、血管内へと潜り込み、体内の別の組織へと転移します。この時、がん細胞は前方にブレブと呼ばれる大型の突起を活発に形成し、これを足として使うことで、自らの形態を大きく変形させながら狭い隙間を潜り抜けるように移動します。しかし、細胞がどのようにして急激なブレブの拡大を可能にし、自らの形態をダイナミックに変形させているのかは全く明らかになっていませんでした。大阪大学 微生物病研究所の青木 佳南 (研究当時 本学大学院理学研究院 生物科学部門 特任助教) と九州大学 大学院理学研究院 生物科学部門の池ノ内 順一 教授らは、拡大中のがん細胞のブレブ内では、細胞質の流動性が大きく上昇し、柔らかい細胞質領域が形成されていることを見出しました。さらに、拡大中のブレブ内にはカルシウムイオンが大量に流入しており、それにより細胞質の性質の変化が起こることが分かりました。この研究により、細胞は部分的に細胞質の柔らかさを変化させることで、細胞運動時の柔軟な変形を可能にしていることが初めて明らかになりました。

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数学数理モデルが明らかにする情報と人々の動き

吉田 明広

Web サイトが魅力的なものかどうかを示す指標として「アクセス数」や「平均滞在時間」などがあります。SNS においては「いいね」の数が多いほど、多くの人々の目に留まったことを示しているでしょう。仮に「アクセス数」が少ないとしても、特定の人々に対しては非常に魅力的な Web サイトである場合もあります。数理学府 数理学専攻 藤澤研究室の吉田さんらは、ヤフー株式会社との共同研究で、ネットサーフィンをするユーザーの動きをグラフ理論・数理最適化・統計学を用いて解析し、Web サイトの新たな魅力度を表す指標を提案しました。本指標により、各ユーザーに価値のあるコンテンツ (つまり「おすすめ」) の提供が、より効果的に行えるようになると考えられます。また、Web サイトの解析に限らず、吉田さんらは、実社会の様々な問題の解決に数理最適化などの数学を用いて取り組んでいます。その一例として、自転車シェアリングサービスの自転車再配置最適化の研究を後半で紹介します。これらの技術は、超スマート社会 (Society 5.0) の実現に向けたコア技術として注目されています。

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生物役立つ大腸菌を創る

iGEM Qdai チーム

iGEM (The International Genetically Engineered Machine) Competition とは、合成生物学をキーワードとした、大学生が主体となって世の中の問題を解決するためのアイデアを出し合う国際大会です。最近よく耳にする遺伝子組み替えやゲノム編集などの技術の進歩により、生物や細胞に新たな機能を付け加えたり取り除いたりすることが可能になりました。古くから私たちは品種改良によって長い時間をかけて新たな農作物つくり、生活を豊かにしてきましたが、この合成生物学は私たちの生活の豊かさの向上をさらに加速させます。iGEM Competition でアイデアの提案によく利用される生物は、遺伝子操作を行いやすい大腸菌です。これまでの大会で作成された新たな機能をもつ大腸菌は、環境問題の解決から医療に役立つものまで多岐にわたります。昨年 11 月に iGEM Competition の 2020 年大会が行われ、九州大学で初めてメンバーを募ってエントリーし、Silver medal (銀賞) を獲得しました。現在は、2021 年大会に向けて準備を進めています。

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物理水の物理化学から環境科学の問題に挑む

植松 祐輝

水は、私たちの身の回りのいたるところにありふれています。そのため、生命活動や自然界の物質循環は、様々な物質を溶かしたり状態変化したりする水の物理化学的な性質を有効に活用しています。私たちも、自然界にならって水の様々な性質を利用し、生活を豊かにしてきました。そんな生活に根付き、毎日利用している水ですが、その物理化学的性質は未だ完全に理解されたとは言い切れません。例えば、疎水性界面と呼ばれる、水と空気などが接した境界面では、ジョーンズ・レイ効果と呼ばれる表面張力に関する現象が知られており、そのメカニズムについては未解決のままとなっていました。そこで、物理学部門 複雑物性基礎研究室の植松 助教らは、水に溶け込んだ微量な不純物が疎水性界面に吸着することを考慮することにより、ジョーンズ・レイ効果のみならず、その他の疎水性界面の特性も統一的に説明できることを示しました。この研究成果が認められ、植松助教は福井謙一奨励賞を受賞しました。水の物理化学研究の今後の展開について、社会との繋がりも交えて、植松助教にお話ししていただきます。

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化学高効率発光材料の基礎となる錯体内のエネルギー挙動

宮崎 栞

スマートフォンやテレビのディスプレイでよく耳にする有機 EL (エレクトロ・ルミネッセンス) パネルには、有機物に電圧をかけると発光するという仕組みが利用されています。このように、発光する物質は工学的な応用も多く、より高効率かつ色純度の高いものを求めて、様々な材料が開発されています。しかし、そのような発光材料の中には、なぜ高効率な発光を示すのか詳しく分かっていないものが多数存在します。その 1 つが、希土類金属の錯体です。化学専攻 分光分析化学研究室の宮崎さんらは、特に三価ユウロピウムの錯体に注目しました。この錯体の発光の様子を、非常に短い時間間隔で追跡し分析を行ったところ、これまで知られていなかった新しいエネルギー移動のメカニズムがあることが示唆されました。発光材料の基礎的な性質を理解することは、新たな高効率発光材料を開発するヒントとなるため、宮崎さんらの研究は非常に重要です。

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生物睡眠メカニズムの形成は脳の獲得に先立つ

金谷 啓之

「眠りとは何か」。私たちが毎晩経験する眠りの起源は、進化的にどこまで遡るのでしょうか。睡眠は、ヒトをはじめとする哺乳類に限らず、魚や昆虫などの幅広い動物種で観察されます。睡眠は記憶などの脳機能と関連していることから、「睡眠は脳を休息させるための現象である」という考えが一般的です。東京大学大学院 医学系研究科 (研究当時 本学生物学科 4 年生) の金谷 啓之と九州大学 基幹教育院 伊藤 太一 助教らは、Ulsan National Institute of Science and Technology の Chunghun Lim 准教授らと共同で、進化的に脳を獲得していない動物ヒドラにも睡眠が存在すること、さらにはその制御因子が脳を持つ動物と共通していることを発見しました。これは、「睡眠メカニズムの形成が脳の獲得に先立つ」可能性を世界で初めて実験的に証明するものです。

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物理人工細胞でさぐる細胞の「対称性」の不思議

坂本 遼太

私たちを形作る細胞は、変形・運動・分裂といった動的な変化を見せます。この動きは、細胞の主要な構成要素の 1 つであるタンパク質のうち、細胞骨格タンパク質とよばれる生体分子と、モータータンパク質とよばれる別の生体分子の連携によって生み出されることが知られています。この細胞骨格タンパク質であるアクチン分子、そしてモータータンパク質であるミオシンは、細胞の大きさに比べると非常に小さなものですが、分子同士が相互作用して集合体になることで、細胞内に流れや力を生み出し、細胞内の構造物の配置を制御していると考えられています。従来の生命科学では、主として新たなタンパク質の発見や、生化学反応の詳細な理解が進められてきました。近年では、力など物理的な要素が関わることが注目され、物理学と生命科学の双方からの理解が求められています。しかし、生きた細胞は非常に複雑であるために、このような構造形成の仕組みを物理的な観点から理解するには、十分な実験手法が発達していませんでした。そこで、物理学専攻 複雑流体研究室の坂本さんらは、実際の細胞を単純化した人工細胞を作成することで、このメカニズムについて研究を行いました。人工細胞は、サイズ・形状・タンパク質濃度などを容易に変えることができるため、生命現象を物理的な観点から調べる上で好都合です。この研究では、人工細胞内部の球形の構造物が、人工細胞の大きさに応じて配置場所を変化させる現象を見出し、アクチンとミオシンによる力の綱引きが重要な役割を果たしていることを明らかにしました。

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地惑火山噴火の激しさの鍵となるマグマ内の発泡現象

西脇 瑞紀

炭酸飲料のペットボトルキャップを開けるとき、泡が吹きこぼれることがあります。このようなことが起こる理由は、キャップを開けたときにペットボトル内の圧力が下がり、飲み物に溶け込んでいた二酸化炭素が急に溶け込めなくなって、泡として液体の外に飛び出すからです。実は、火山噴火を引き起こすマグマの中でも、同じようなことが起こっていると考えられています。地中のマグマが地表近くまで上昇すると、圧力が下がってマグマに溶け込んだ水や二酸化炭素などの揮発性成分が一気に気泡へと変化し、激しい噴火を引き起こすのです。マグマ内に気泡がたくさんあるという痕跡は、火山噴火のときに地上に噴出した溶岩や軽石などに見られます。このような気泡の様子を実際に観察できる火山噴出物と、マグマ内の発泡現象についての理論モデルを比較することで、火道内のマグマの様子や噴火のメカニズムが、これまで理解されてきました。しかし、従来の理論モデルでは、マグマの粘性の影響を一部考慮できていませんでした。そこで、地球惑星科学専攻 岩石循環科学分野の西脇さんらは、これまで無視されてきた効果を考慮した新たなモデルを構築しました。この研究により、高粘性のマグマにおいては、従来モデルは単位体積あたりの気泡の数を数桁も多く見積もってしまっている可能性があることがわかりました。

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数学素数の近似公式を果たす「ゼータ関数」

アデ イルマ スリアジャヤ

「素数」と聞くと、わたしたちの生活とかけ離れたもののように思われるかもしれません。しかし、実は情報社会が成り立つためには素数が無くてはならない存在であり、通信の安全性は素数によって保たれているのです。本稿では、そんな素数が魅せる不思議な世界について数理学研究院のアデ イルマ スリアジャヤ先生に解説していただきます。素数とは何なのか? どれくらいたくさんあるのか? という素朴な疑問からはじめて、「素数の分布」と数学界の未解決問題「リーマン予想」のつながりや先生ご自身の研究に至るまで、ワクワクするような数学の物語へと飛び込んでみましょう。

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地惑サンゴ化石の古気候記録が語るメソポタミア文明の消長

山崎 敦子

西アジアのメソポタミア地域では、約 4,600 年前に史上初の帝国と呼ばれる「アッカド帝国」が誕生しました。この帝国は 400 年ものあいだ繁栄を続けましたが、突然に滅亡してしまいます。これまでの考古調査や古気候の復元記録によると、帝国の崩壊には「急激な乾燥化」が影響したことが分かってきました。しかし、乾燥化の気候メカニズムはよく分かっておらず、メソポタミア地域の社会が受けた影響も不明でした。そこで私たちは造礁性サンゴの化石に着目しました。アラビア半島のオマーンにて化石の発掘調査をおこない、アッカド帝国の滅亡前後に相当する「4,500 年前 〜 2,900 年前の試料」を良い保存状態で発見しました。サンゴ化石の地球化学分析をおこない、当時の海水温や塩分変動を復元したところ、約 4,100 年前の冬は他の時代とくらべて極めて乾燥・寒冷であったことを解明しました。乾燥・寒冷な気候によりアッカド帝国の農業社会は不振となり、帝国が滅亡したことが示唆されました。

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