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細胞の「柔らかさの変化」が細胞の急速な形態変化を可能にする(

球状突起ブレブの拡大を維持する細胞質流動性の局所的な制御機構

著者

 悪性化したがん細胞は非常に高い運動能力を持ち、血管内へと潜り込み、体内の別の組織へと転移します。この時、がん細胞は前方にブレブと呼ばれる大型の突起を活発に形成し、これを足として使うことで、自らの形態を大きく変形させながら狭い隙間を潜り抜けるように移動します。しかし、細胞がどのようにして急激なブレブの拡大を可能にし、自らの形態をダイナミックに変形させているのかは全く明らかになっていませんでした。
 大阪大学 微生物病研究所の青木 佳南 (研究当時 本学大学院理学研究院 生物科学部門 特任助教) と九州大学 大学院理学研究院 生物科学部門の池ノ内 順一 教授らは、拡大中のがん細胞のブレブ内では、細胞質の流動性が大きく上昇し、柔らかい細胞質領域が形成されていることを見出しました。さらに、拡大中のブレブ内にはカルシウムイオンが大量に流入しており、それにより細胞質の性質の変化が起こることが分かりました。この研究により、細胞は部分的に細胞質の柔らかさを変化させることで、細胞運動時の柔軟な変形を可能にしていることが初めて明らかになりました。この研究成果は、Nature Communications に掲載されています。

青木 佳南(研究当時:大学院理学研究院 生物科学部門 / 現所属:大阪大学 微生物病研究所)
構成:中島 涼輔(大学院理学研究院)

細胞運動

 私たちの体は様々な種類の細胞により構成されています。その中には、高い運動能力を持ち、組織中を動き回る細胞も存在します。例えば免疫細胞は、組織内を活発に運動し、血管内に潜り込んで血流に乗って移動することで、異物や病原体の侵入に備えてパトロールを行っています。また、普段は動き回らない正常な細胞ががん化したがん細胞cancer cellは高い運動能力を獲得し、組織内へと潜り込み (浸潤)、血管内へと移動することで血流に乗って他の組織へと転移します。このような細胞運動を行うためには、細胞は自身の形態をダイナミックに変形させ、細胞の足として機能する仮足pseudopodを形成する必要があります。

 細胞の形を制御するうえで重要なのが、アクチンactinと呼ばれる細胞骨格タンパク質の 1 つです。アクチンは、1 つ 1 つがビーズのように繋がる (重合する) ことで繊維状になり、アクチン細胞骨格を形作ります。このアクチン細胞骨格は細胞の形質膜plasma membrane[1]を内側から支える形で張り巡らされており、細胞の形を決めています (図1)。

図1虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図1形質膜とアクチン細胞骨格 細胞の表面を覆う膜である形質膜の裏側には、繊維状のアクチン細胞骨格が張り巡らされ、細胞の形を維持している。形質膜とアクチン細胞骨格は、Ezrin といった ERM タンパク質 (図中のくの字型のタンパク質) により繋がれている。図は青木さんより提供。

 さらに、形質膜の裏側でアクチン細胞骨格が重合して伸びることで、形質膜は内側から押されて突起状に伸長し、アクチンに富んだ糸状仮足や葉状仮足と呼ばれる仮足を形成します。糸状仮足や葉状仮足は主に細胞が平面の上を広がるように運動する際に形成される構造体で、これらを用いる運動様式は間葉系運動mesenchymal migrationと呼ばれます (図2)。

 一方、がん化した上皮細胞[2]が血管へと至る道中には、コラーゲン繊維などが密に固まった細胞外マトリックスと呼ばれるゼリーのような基質が存在します。つまり、がん細胞が血管内へ潜り込むためには、細かい網目の中を縦方向に潜っていく必要があり、このような 3 次元環境下では、細胞は“足“をコラーゲンなどの繊維の隙間の中に伸ばし、細胞の形をくびれさせながら網目の中をかい潜るようにして移動する必要があります (図2)。

図2虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図2がん細胞の運動と浸潤・転移 正常な上皮細胞 (図中の青い細胞) は互いに接着して動かないが、がん化すると細胞同士の接着が壊れ、糸状仮足や葉状仮足を形成して間葉系運動を行いながら平面を移動する (図中の緑の細胞)。一方、がん細胞が浸潤・転移する際には、細胞外マトリックスの立体的な網目の中を潜り抜ける必要がある。この場合、がん細胞は間葉系運動よりも柔軟で効率の良い運動様式に切り替えて運動すると考えられる (図中の紫色の細胞)。図は青木さんより提供。

 しかし、糸状仮足や葉状仮足は硬いアクチン細胞骨格に裏打ちされているため、細胞の形を柔軟に変形させながら細胞外マトリックス内を運動するには不向きです。そのため、細胞外マトリックス内を運動するには、細胞の形質膜を裏打ちする硬いアクチン細胞骨格を一時的に無くし、柔軟に変形可能な柔らかい形質膜領域を作る必要があると考えられます。

ブレブとアメーバ様運動

 近年の研究で、がん細胞は、ブレブblebと呼ばれるアクチン細胞骨格を持たない形質膜の突起を活発に形成することで、この問題を解決していることが分かってきました。通常、アクチン細胞骨格は Ezrin を始めとした ERM タンパク質ERM family proteins[3]と呼ばれる分子群に繋ぎ留められることで、形質膜を裏打ちしています (図1)。しかし、何らかの要因により形質膜がアクチン細胞骨格から外れてしまうと、アクチンの裏打ちを失った形質膜は細胞にかかる圧力により風船のように膨らみます。このようなアクチン細胞骨格の裏打ちを持たない球状の突起構造が“ブレブ”です (図3)。ブレブはアクチン細胞骨格を持たないため、非常に柔軟な構造であり、細胞の形態を大きく変形させながら拡大します。一度形成されたブレブは急速に拡大を続けますが、アクチン細胞骨格がブレブの形質膜の裏に再び集積し始めます。そして最終的に、ミオシンと呼ばれるモータータンパク質[4]が集まり、アクチンを手繰り寄せて収縮させることでブレブを退縮させます (図3)。

図3虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図3ブレブの形成~退縮のサイクル 〔A〕ブレブの形成-退縮の模式図。形質膜 (青線) がアクチン細胞骨格 (赤線) から剝がれると、細胞内圧に押されて形質膜が拡大し、ブレブと呼ばれる球状の突起構造が形成される。ブレブがしばらく拡大した後、次第にアクチン細胞骨格がブレブ形質膜の裏に集積し始め、最終的にアクチンにミオシンが結合し、アクチンを手繰り寄せることでブレブは退縮する。〔B〕培養細胞のブレブにおけるアクチン細胞骨格の再集積。緑は形質膜を、赤はアクチン細胞骨格を表す。退縮時、黒矢頭で示す部分で、アクチン細胞骨格が次第に集まる様子が観察される。図と写真は青木さんより提供。

 このブレブの拡大と退縮を繰り返すことで、細胞はブレブを仮足として使いながら運動を行うことが近年分かってきました。このようなブレブを用いた細胞運動はアメーバ様運動amoeboid migrationと呼ばれ、がん細胞は先述した間葉系運動とアメーバ様運動を環境に応じてうまく使い分けながら運動していると考えられています。例えば、がん細胞を平らなプラスチックの培養皿の上で培養すると、糸状仮足や葉状仮足を形成しながら間葉系運動を行いますが、コラーゲンのゲルの中に埋め込んで培養すると、がん細胞は活発にブレブを形成しながらアメーバ様運動を行います。

 また、ブレブを自発的に形成するのはがん細胞だけではありません。例えば、脊椎動物の発生過程において、始原生殖細胞はブレブを形成しながら運動し、将来生殖細胞が形成される目的地へと移動することが分かっています。また、土壌中に棲む粘菌類も、ブレブを活発に形成することで土の中をかい潜り運動します。このように、ブレブはがん細胞、正常細胞ともに、幅広い生物種で普遍的に用いられる重要な細胞運動様式であるといえます。

ブレブ拡大の制御

 アメーバ様運動を効率的に行うには、まずブレブを拡大させ、ある程度拡大したら退縮させる、という過程を繰り返す必要があります。先に述べたように、ブレブの退縮はアクチン細胞骨格の再集積により制御されており、ブレブの退縮時にアクチン細胞骨格の集積を促す様々なタンパク質が先行研究により分かってきています[5]

 それでは、ブレブが大きく膨張する拡大時には何が起きているのでしょうか? 図4 は、1 つのブレブの拡大から退縮までを並べた連続写真です。ブレブを観察すると、約 20 秒程度という非常に短い時間でブレブが最大まで拡大し、その後約 80 秒かけてゆっくりと退縮していることが分かります。

図4虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図4DLD1 細胞におけるブレブの形態変化 DLD1 細胞のブレブが拡大、退縮していく様子。左上の数字はブレブが形成されてからの秒数を表している。約20秒という短時間でブレブは最大まで膨らみ、その後ゆっくりと退縮していくのが分かる。Aoki et al. (2021) の図を改変。

 ブレブの形質膜が急激に拡大すると、その中には細胞の中身である細胞質cytoplasmが急激に流れ込みます。細胞質は様々なタンパク質や、アクチンを始めとした繊維状の細胞骨格が高密度に含まれる液体であり、ゼリーのようにドロドロとしたゲル状の物質であるとみなされてきました。このような、液体がドロドロとして流れにくい状態を、流動性fluidityが低い状態と呼びます。しかし、ブレブの中に流れ込む細胞質が硬く流動性の低い状態である場合、先ほど見たようなブレブ拡大時の膜の急激な伸展についていくことができず、結果としてブレブは柔軟に膨らむことはできないと考えられます。それでは、細胞はどのようにして、急激なブレブの拡大を可能にしているのでしょうか?

拡大中のブレブ内細胞質は流動性が高く、変形しやすい

 私たちは、「ブレブが急激に膨らむためには、ブレブの中身の細胞質も柔らかくなる必要があるのではないか」と考えました。つまり、ブレブの拡大時には、形質膜の急速な拡大を可能にするために、ブレブの中でのみ細胞質の性質が変化している、という仮説を立てました。これを確かめるため、私たちは、活発にブレブを形成するヒト大腸がんの培養細胞である DLD1 細胞を用いて実験を行いました。

 まず、量子ドットquantum dotと呼ばれる直径 10 ナノメートル程度の非常に小さな粒子を細胞内に取り込ませ、細胞内における動きを追跡することで、細胞質の状態の変化が起きているかを検証しました。もしも細胞質が前述のようにドロドロとしたゲル状gelで流動性の低い液体であった場合、細胞内の量子ドットはあまり運動しないと考えられます。一方、もし細胞質がサラサラとした流動性が高い液体(ゲル状に対して、こちらはゾル状solと呼ばれます)であった場合、量子ドットの運動距離はより大きくなることが予想されます。

 実際に量子ドットの挙動を解析した結果、拡大中のブレブ内細胞質は、退縮中と比較して粒子の運動が活発であり、細胞質の流動性が上昇していることが明らかとなりました (図5)。また、ブレブ外の細胞質は非常に流動性が低い状態ですが、アクチン細胞骨格を壊す薬剤 (ラトランキュリン B) で細胞を処理すると、拡大中のブレブ内のように流動性が大きく上昇しました (図5 B)。

図5虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図5ブレブ拡大時には細胞質の流動性が上昇する 〔A〕ブレブ拡大時・退縮時において、量子ドットを 600 ミリ秒間追跡し軌跡をプロットした。量子ドットは、ブレブ拡大時により広範囲に移動している。〔B〕左から、ブレブ以外の細胞質、拡大時のブレブ、退縮時のブレブ、ラトランキュリン B 処理時のブレブ以外の細胞質における、600 ミリ秒で量子ドットが移動した距離。拡大期のブレブでは量子ドットの移動距離が上昇し、細胞質の流動性が上がっていることが分かる。また、ラトランキュリン B 処理によりアクチン細胞骨格を壊すと、ブレブ以外の細胞質でも量子ドットの移動距離が増加する。(動画で見てみよう。Aoki et al. (2021) の論文ページ 下方の Supplementary information の項目の Supplementary Movie 1 をクリック。) Aoki et al. (2021) の図を改変。


    著者量子ドットをブレブ内へ効率よく導入する手法を確立するのには非常に苦労しました。

    著者量子ドットの追跡 (トラッキング) をはじめとする画像解析では、システム情報科学研究院の内田 誠一 先生の研究グループにご協力いただきました。

 さらに、様々なタンパク質の挙動を観察していく中で、「ブレブの拡大時にのみブレブ細胞質へ強く集積する」という興味深い局在を示すタンパク質が複数見つかりました。図6 は Mena というタンパク質に蛍光タンパク質を付け、細胞に導入してブレブを撮影したものです。ブレブの拡大時にのみブレブ内が強く光っており、Mena が拡大時のブレブ内に集積していることが分かります。一方、退縮中のブレブでは Mena は徐々に薄まっています。このことから、拡大時のブレブと退縮時のブレブの細胞質は、中身のタンパク質の組成も質的に大きく変化していることが示唆されました。

図6虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図6ブレブ拡大期にのみ濃縮するタンパク質 緑色蛍光タンパク質を付けた Mena を細胞に発現[6]させ、ブレブ内における挙動を観察した。Mena は、拡大中のブレブ内に強く濃縮している (黒矢頭) 一方、退縮時には徐々に薄くなっており (白矢頭)、拡大時・退縮時のブレブ内はタンパク質の組成も大きく変化していることが分かる。Aoki et al. (2021) の図を改変。


    著者Mena をはじめとした「拡大中のブレブ内にのみ集積するタンパク質」は、これまでの研究で、様々なアクチン制御に関わるタンパク質を観察していくなかで複数見つかってきました。

 以上の結果から、細胞の内部はこれまで考えられてきたような均一な液体ではなく、細胞は拡大中のブレブにおいて細胞質の性質 (流動性) やタンパク質の組成を変化させていることが明らかとなりました。ブレブは細胞にかかる圧力によって膨張しますが、細胞質の圧力を効率良くブレブの拡大に利用するためには、これからブレブを形成する部分では細胞質の流動性を上昇させ、一方で、 細胞質の圧力が逃げないようにブレブ以外の領域の細胞質流動性は低いままにする必要があります。今回確認された、ブレブ拡大時のみに起こる細胞質の流動性の上昇により、細胞の急速な形態の変化を可能にしていると考えられます。

拡大中のブレブ内にはカルシウムイオンが高濃度に濃縮する

 では、細胞質の流動性が上昇している拡大中のブレブ内では何が起きているのでしょうか?私たちは、様々なタンパク質やイオンなどの挙動を一つ一つ観察し、ブレブの拡大期のみに興味深い挙動を示すものはないか探索を行いました。その結果、拡大期のブレブ内ではカルシウムイオンcalcium ion濃度が急激に上昇していることを見出しました。

 カルシウムイオンと結合すると緑色の蛍光を発する GCaMP というタンパク質を細胞に発現[6]させると、カルシウムイオンが多い場所ほど蛍光が強まるため、細胞内のカルシウムイオンの濃度を可視化することができます。GCaMP を発現させた細胞のブレブを観察すると、拡大時のブレブ内では GCaMP の蛍光が非常に強くなっており、カルシウムイオン濃度が大きく上昇していることが分かりました (図7)。一方、ブレブが退縮し始めると、カルシウムイオンは次第に拡散するように減少していきます。

図7虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図7カルシウムイオンは拡大期のブレブ内に強く集積する GCaMP を細胞に発現させ、細胞内カルシウムイオンの挙動を観察した。拡大時のブレブ内にはカルシウムイオンが強く集積している (黒矢頭)。Aoki et al. (2021) の図を改変。

 ブレブ拡大期にのみ起こるカルシウムイオンの上昇と、細胞質の流動性上昇に関連があるかを検証するため、細胞内のカルシウムイオン濃度を人為的に変化させ、量子ドットの運動に影響があるかを調べました。細胞外のカルシウムイオンを細胞内へ透過させることで[7]細胞内全体のカルシウムイオン濃度を上昇させる薬剤であるカルシウムイオノフォアで細胞を処理すると、ブレブ外の (流動性の低い) 細胞質でも量子ドットの運動が活発になり、流動性が上昇することが分かりました (図8)。

図8虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図8カルシウムイオンを強制的に流入させた際の細胞質流動性の変化 〔A〕カルシウムイオノフォアで細胞を処理し、細胞内カルシウムイオン濃度を人為的に上昇させた際の、ブレブ外細胞質における量子ドットの軌跡。〔B〕カルシウムイオノフォア処理時の量子ドットの移動距離。イオノフォア処理によりカルシウムイオン濃度を上昇させると、ブレブ外の細胞質でも細胞質の流動性が大きく上昇する。Aoki et al. (2021) の図を改変。

 さらに、カルシウムイオン濃度が細胞全体で上昇した細胞は、ブレブが拡大した状態のまま退縮できなくなり、大きく膨らんだまま停止する様子が観察されました (図9)。逆に、カルシウムイオンが含まれていない培地中で培養し、細胞内のカルシウムイオン濃度を低下させた細胞では、ブレブは大きく膨らむことができずすぐに退縮してしまい、結果として小型化する様子が観察されました (図9)。

図9虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図9カルシウムイオン濃度を上昇・低下させた際のブレブの形態変化 〔A〕カルシウムイオノフォア処理により細胞内カルシウムイオン濃度を上昇させると、ブレブが拡大し続けて大型化し、退縮しなくなる (黒矢頭)。〔B〕カルシウムイオンを含まない培地中で細胞を培養すると (右側)、ブレブは大きく拡大できなくなり、小型化する。Aoki et al. (2021) の図を改変。

 以上の結果から、拡大時のカルシウムイオン濃度の上昇により、細胞質の流動性が上昇していることが分かります。さらに、カルシウムイオン濃度が常に高いとブレブは拡大したままになり、逆に常に低い状態ではブレブがほとんど拡大できなくなることから、カルシウムイオン濃度上昇による細胞質の流動性の上昇は、ブレブを拡大させるために必須であることが明らかになりました。

ブレブ内へのカルシウムイオンの流入を制御する分子

 ここまでの結果から、細胞は拡大時のブレブ内でのみカルシウムイオン濃度を上昇させることで、細胞質の流動性を上昇させ、ブレブの急激な拡大を可能にしていることが分かりました。では、細胞はどのようにして拡大時のブレブでのみカルシウムイオン濃度を上昇させているのでしょうか?

 ここで、細胞内におけるカルシウムイオンの制御メカニズムについて考えてみましょう。カルシウムイオンは、細胞内での様々な機能制御において非常に重要なイオンの一つです。細胞質中のカルシウムイオンは、細胞外と比べて非常に低い濃度で保たれています。その一方で、細胞は小胞体Endoplasmic Reticulumという細胞内小器官の中にカルシウムイオンを高濃度に貯蔵しています。そして細胞は必要に応じて、小胞体に貯め込んだカルシウムイオンを放出する、または細胞の外からカルシウムイオンを取り込むことで、細胞質中におけるカルシウムイオン濃度を上昇させます[8]

 ブレブ拡大時におけるカルシウムイオン濃度の制御メカニズムを探るため、私たちはまず、カルシウムイオンの貯蔵庫として機能する小胞体の挙動を観察しました。小胞体は細胞質内では長いヒモ状の構造として観察されますが、興味深いことに、ブレブ拡大時にのみ小胞体と形質膜が接触している様子が観察されました (図10)。

図10虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図10ブレブにおける形質膜と小胞体の挙動 形質膜を緑で、小胞体を赤で標識している。拡大期のブレブでは、形質膜と小胞体が接触し、形質膜-小胞体コンタクトサイトを形成している(黒矢頭)。Aoki et al. (2021) の図を改変。

 このような、形質膜と小胞体が接触している領域 (形質膜 - 小胞体Plasma membrane - ER コンタクトサイト contact site と呼ばれます) では何が起きているのでしょうか?実は、この領域は、細胞内におけるカルシウムイオンの制御にも重要であることが分かっています。先に述べたように、小胞体はカルシウムイオンの貯蔵庫として機能しているため、小胞体内のカルシウムイオンが減少した場合、細胞は外からカルシウムイオンを取り込んで補おうとします。そのために、小胞体内のカルシウムイオン量を検知するセンサーとして、STIM1 というタンパク質が小胞体の膜上に存在します。STIM1 は小胞体内のカルシウムイオン濃度の減少を検知すると活性化し、互いに集合することで Orai1 というタンパク質と結合可能になります。Orai1 は形質膜表面に存在し、細胞外からカルシウムイオンのみを取り込む門のようなタンパク質[9]ですが、普段は閉じています。小胞体の STIM1 が形質膜の Orai1 と結合することで小胞体と形質膜が接触し、Orai1 が開いて細胞外から細胞内へカルシウムイオンを取り込みます (図11)[10]

図11虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図11STIM1 と Orai1 の模式図 小胞体内のカルシウムイオン濃度低下を検知するセンサーである STIM1 は、小胞体内のカルシウムイオン濃度が減少すると活性化し、Orai1 と結合可能になる。形質膜上の Orai1 は、STIM1 が結合すると活性化し、細胞外からカルシウムイオンを取り込む。STIM1 と Orai1 が結合するとき、形質膜と小胞体は接触している。図は青木さんより提供。


    著者一口に「カルシウムイオン濃度の上昇」といっても、カルシウムイオン量を制御する分子は細胞内に数多く存在します。今回は、「小胞体と形質膜が接触する」という特徴的な現象が観察できたため、STIM1 と Orai1 が関与する可能性に絞り込んでいくことができました。

  実際に STIM1 と Orai1 の局在を観察すると、ブレブ拡大時にのみ 2 者が同じ場所に存在しており、形質膜-小胞体コンタクトサイトで STIM1 と Orai1 が結合していることが分かりました (図12)。

図12虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図12STIM1 と Orai1 はブレブ拡大時に結合する STIM1 を緑で、Orai1 を赤で標識すると、拡大時のブレブでのみ、STIM1 と Orai1 が同じ場所で接触しており、2 者が結合していることが分かる。Aoki et al. (2021) の図を改変。

 また、Orai1 の機能を失った (カルシウムイオンを外から取り込むことができない) 変異体を細胞に導入すると、ブレブ内のカルシウムイオン濃度は上昇しなくなり、ブレブは拡大することができず小型化しました (図13)。

図13虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図13Orai1 の機能を失わせるとブレブは大きく拡大できなくなる 〔A〕活性化できず、正常に機能しない Orai1 変異体を細胞に導入すると (右)、ブレブは拡大できなくなり、小型化する。〔B〕ブレブ内カルシウムイオン濃度の時間変化を表すグラフ。通常の Orai1 を持った細胞 (青線) では、ブレブ拡大時にカルシウムイオン濃度が上昇し山型のグラフになるが、正常に機能しない Orai1 を導入した細胞 (赤線)では、ブレブ内のカルシウムイオン濃度がほとんど上昇しない。Aoki et al. (2021) の図を改変。


    著者逆に、「常に活性化したままの STIM1」を細胞に導入すると、ブレブの拡大が長続きし、より大きく膨らむようになりました。

 以上の結果から、ブレブの拡大時には STIM1 と Orai1 が結合し、Orai1 が開いてカルシウムイオンをブレブ内へ取り込むことで、カルシウムイオン濃度が急激に上昇することが明らかになりました。

Ezrin はブレブの退縮時に STIM1 と Orai1 の結合を解除させる

 ここまで見てきたように、ブレブ拡大時には STIM1 と Orai1 が結合し、細胞外からブレブ内へとカルシウムイオンを取り込みます。一方で、ブレブが退縮し始めると STIM1 と Orai1 の結合は外れ、カルシウムイオン濃度は徐々に低下し、アクチン細胞骨格が形質膜の裏に再び集積していきます。それでは、何がブレブの退縮時に STIM1 と Orai1 の結合を解除しているのでしょうか?

 様々な分子の機能について検討した結果、アクチン細胞骨格と形質膜を繋ぐ分子群である ERM タンパク質の 1 つ、Ezrin が、活性化するとSTIM1 よりも強く Orai1 と結合することを見出しました (図14 A)。Ezrin は、ブレブの拡大時には不活性化していますが、退縮時にアクチン細胞骨格が再びブレブ形質膜の裏側に集積し始めると活性化し[11]図1 に示したように形質膜とアクチン細胞骨格を繋ぎとめていきます。

 実際に Ezrin を全く持たない細胞 (ノックアウト細胞) を作成して小胞体を観察すると、小胞体が形質膜に接触したままになり、ブレブの拡大が長く続いて大型化する様子が観察されました (図14 B)。また、Ezrin が常に活性化したままになっている細胞では、逆に小胞体が形質膜と全く接触せず、ブレブも拡大できなくなりました (図14 C)。このことから、ブレブの退縮時に活性化した Ezrin が、STIM1 を押しのけて Orai1 と結合することにより、STIM1 と Orai1 の結合が解除され、結果としてカルシウムイオンの流入が停止することが示唆されました。

図14虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図14Ezrin を欠損した細胞と、Ezrin が常に活性化し続ける細胞における小胞体の局在 〔A〕STIM1-Orai1 と Ezrin の挙動を表した模式図。ブレブ拡大時には、STIM1 と Orai1 が結合し、Orai1 は細胞外からブレブ内へとカルシウムイオンを取り込む。一方、退縮時に活性化した Ezrin は、STIM1 よりも強く Orai1 に結合可能となり、STIM1 を押しのけて Orai1 と結合することで STIM1 と Orai1 の結合を解除させる。これにより Orai1 からのカルシウムイオン流入が停止し、ブレブ内のカルシウムイオン濃度も低下する。〔B〕Ezrin を持たない細胞 (Ezrin ノックアウト細胞) では、小胞体 (赤) と形質膜 (緑) が常に接触したままになり、ブレブが大型化する。〔C〕常に活性化した Ezrin を細胞に導入すると、小胞体 (赤) は形質膜に全く接触しなくなり、ブレブも形成されない。Aoki et al. (2021) の図を改変。

まとめと展望

 今回、細胞はブレブが形成される部位で、局所的に細胞質の柔らかさを大きく変化させていることが分かりました (図15)。これまで、細胞質は均質な溶液であるとみなされてきましたが、この研究により、細胞は細胞質の「流動性」という性質の不均一さを生み出すことで、運動に役立てていることが初めて明らかになりました。

 先に述べたように、がん細胞の浸潤・転移時にはブレブを用いた柔軟性のある運動が必要であることが分かっています。従って、今回見出された細胞質の流動性/柔らかさを変化させるメカニズムを検証することで、がん細胞の転移を防ぐ新たな治療法の開発に繋がることが期待できます。

図15虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図15STIM1-Orai1を介したカルシウムイオンの流入により、ブレブ内の細胞質流動性は制御される Aoki et al. (2021) の図を改変。

研究こぼれ話


著者私がブレブの研究に取り組み始めたのは修士1年の頃でした。それまで見てきた、培養皿にじっと張り付く細胞と全く違い、大きな突起を出したり引っ込めたりしながら活発に動く DLD1 細胞を見て、「どうしてこの細胞はこんなに活発に変形できるんだろう?」と驚いた記憶があります。

著者細胞をじっくり見ていると、人間と同じように細胞 1 つ 1 つに個性があり、同じ種類の細胞であってもブレブの形や分子の挙動にも少しずつばらつきがあることが分かります。その中から、どの細胞にも共通して存在する普遍性を見つけ出すために、ひたすら顕微鏡を通して細胞と向き合い、観察を重ねてきました。

著者本研究が論文として形になるまでには長い時間がかかり、その間大変なこともたくさんありましたが、初めてブレブを見た時に抱いた疑問に 1 つの答えを出すことができて嬉しいです。

Note:

  • [1] 細胞の内と外を分ける膜のことで、細胞膜ともいいます。
  • [2] 体表面や消化管など体の中にある空洞の表面を覆う組織を上皮といいます。
  • [3] ERM は Ezrin (エズリン)、Radixin (ラディキシン)、Moesin (モエシン) という 3 つのタンパク質の頭文字をとったものです。
  • [4] 化学変化によって発生したエネルギーを運動に変換できるタンパク質のこと。
  • [5] ブレブの退縮時には、RhoA というタンパク質が活性化することが分かっています。活性化した RhoA は様々なタンパク質を活性化し、アクチンの重合やミオシンの活性化を引き起こします。アクチン細胞骨格と形質膜を繋ぐタンパク質である Ezrin も、RhoA の活性化に伴い活性化されるタンパク質の 1 つです。
  • [6] 遺伝子に書かれた情報に基づいて、細胞内でタンパク質が合成されることを (遺伝子) 発現と言います。あらかじめ細胞の遺伝子を書きかえておけば、元々は合成しないようなタンパク質 (例えば、GCaMP) を発現させることもできます。
  • [7] 後述するように、カルシウムイオンは細胞内よりも細胞外に多く含まれています。
  • [8] 例えば、細胞はカルシウムイオンを情報伝達に使っています。通常細胞内のカルシウムイオン濃度は非常に低い状態に保たれているため、ある一部分でカルシウムイオンが放出されると、カルシウムイオンによって活性化する分子がその場所でのみ活性化します。そして、活性化した分子はさらに別の分子を活性化していき、「カルシウムイオンの濃度上昇」が、分子の活性化の連鎖という形で伝えられていきます。
  • [9] このようにイオンを通過させることができるタンパク質は「イオンチャネル」と呼ばれます。Orai1 は、カルシウムイオンのみを選択的に透過させることができるカルシウムイオンチャネルです。
  • [10] このように、小胞体内に蓄えているカルシウムイオンが減少した時、それを補うために外からカルシウムイオンを取り込もうとする仕組みは「ストア作動性カルシウム流入 (store - operated calcium entry: SOCE)」と呼ばれます。
  • [11] ブレブ退縮時、まずアクチン細胞骨格の再集積を促す分子である RhoA が活性化します。RhoA は Rho キナーゼと呼ばれる分子を活性化し、Rho キナーゼは Ezrin を活性化します。Ezrin は不活性化時は折れ曲がって閉じた構造をとっていますが、Rho キナーゼにより活性化されると開いた構造に変形し、アクチンと形質膜を繋ぐことが可能になります。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
STIM-Orai1 signaling regulates fluidity of cytoplasm during membrane blebbing
著者
Kana Aoki, Shota Harada, Keita Kawaji, Kenji Matsuzawa, Seiichi Uchida, Junichi Ikenouchi
掲載誌
Nature Communications 12, 480 (2021)
タイトル
A RhoA and Rnd3 cycle regulates actin reassembly during membrane blebbing
著者
Kana Aoki, Fumiyo Maeda, Tomoya Nagasako, Yuki Mochizuki, Seiichi Uchida, Junichi Ikenouchi
掲載誌
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 113, 13:E1863–E1871 (2016)
タイトル
Membrane bleb : a seesaw game of two small GTPases
著者
Junichi Ikenouchi, Kana Aoki
掲載誌
Small GTPases 8, 2:85–89 (2017)
タイトル
Coordinated changes in cell membrane and cytoplasm during maturation of apoptotic bleb
著者
Kana Aoki, Shinsuke Satoi, Shota Harada, Seiichi Uchida, Yoh Iwasa, Junichi Ikenouchi
掲載誌
Molecular Biology of the Cell 31, 8:833–844 (2020)
タイトル
細胞質の流動性を変化させて細胞が運動する仕組みを解明
掲載誌
九州大学プレスリリース (2021/01/21)
研究室HP
代謝生理学研究室
キーワード
細胞運動、ブレブ、アクチン細胞骨格、細胞質流動性