炭酸飲料のペットボトルキャップを開けるとき、泡が吹きこぼれることがあります。このようなことが起こる理由は、キャップを開けたときにペットボトル内の圧力が下がり、飲み物に溶け込んでいた二酸化炭素が急に溶け込めなくなって、泡として液体の外に飛び出すからです。実は、火山噴火を引き起こすマグマの中でも、同じようなことが起こっていると考えられています。地中のマグマが地表近くまで上昇すると、圧力が下がってマグマに溶け込んだ水や二酸化炭素などの揮発性成分が一気に気泡へと変化し、激しい噴火を引き起こすのです。
マグマ内に気泡がたくさんあるという痕跡は、火山噴火のときに地上に噴出した溶岩や軽石などに見られます。このような気泡の様子を実際に観察できる火山噴出物と、マグマ内の発泡現象についての理論モデルを比較することで、火道内のマグマの様子や噴火のメカニズムが、これまで理解されてきました。しかし、従来の理論モデルでは、マグマの粘性の影響を一部考慮できていませんでした。そこで、地球惑星科学専攻 岩石循環科学分野の西脇さんらは、これまで無視されてきた効果を考慮した新たなモデルを構築しました。この研究により、高粘性のマグマにおいては、従来モデルは単位体積あたりの気泡の数を数桁も多く見積もってしまっている可能性があることがわかりました。この研究成果は、Journal of Geophysical Research: Solid Earth に掲載されています。
日本には多くの火山があります。火山は、温泉や地熱発電など私たちの生活に役立つものを与えてくれる一方、時として大きな災害を引き起こします。2014 年の御嶽山噴火[1] (図1) や 1991 年の雲仙岳の火砕流[2] (図2) は、多くの犠牲者を出した火山災害として記憶に新しいかもしれません。火山の恩恵を適切に享受し、噴火の被害を最小限にするためにも、火山の研究は非常に重要です。
火山噴火の要因となるマグマは、地中の岩石がドロドロに溶けたものです。そのマグマは浮力によって上昇し、ある深さで滞留します。これがマグマ溜まりです。さらに、マグマは火道というマグマの通り道を上昇していきます。このとき、マグマに溶けこんだ H2O、CO2、SO2 などの揮発性成分が、上昇する際の圧力の減少により発泡し、気泡の体積が膨張します。気泡を多く含んだマグマが地表近くまで到達すると、地上にマグマを吹き出し、激しい噴火を引き起こします。
火山噴火の発生には、様々な物理・化学プロセスが含まれています。マグマが火道を上昇するときには、周囲の岩石を変形・破壊しながら進んでいきます。また、マグマが減圧や冷却されることにより揮発性成分の気泡や鉱物の結晶が析出するので、マグマの組成は火道を上昇している間も常に変化しています。マグマの粘性率[3]も、温度や組成の影響を受けるため変化するでしょう。
火山の中身を直接覗くことはできないので[4]、火山噴出物として地表に飛び出してきた物質の観察の他に、数値シミュレーションを用いた理論的な研究が必要になります。ただし、このような複雑なプロセス全てを考慮した火山噴火の数値シミュレーションを行うことは非常に難しく、今もなお実現不可能です。そのため火山の研究では、まずこれらを素過程[5]に分けて考えます。ある一部のプロセスだけを考えることは、現実の噴火現象とは確かにかけ離れています。しかし、そこに噴火現象の本質を捉えることができれば、火山の内部で何が起こっているのかを知る大きな手掛かりとなります。
火山噴火の素過程を理解するためには、理論、調査・観測、室内実験など、様々な手法を用いた研究が行われます。もちろん、新たに構築した理論モデルは、調査・観測や室内実験の結果と整合的でないと、適切なモデルとは言えません。これらの結果を総合して、複雑な現実の噴火現象がこれまで理解されてきました (図3) 。
さて、ここからはマグマ内でどのように気泡が発生するかについて考えましょう。液体に溶け込んだ気体は、飽和状態になるとすぐに気泡になるとは限りません。多くの場合、飽和状態以上に気体が溶け込んでいて、過飽和になっています。過飽和というのは無理をした状態なので、その分エネルギーが高くなっています。そのエネルギー超過分は、表面張力[6]によって支えられます。気体が液体に溶け込んだ状態から、気体だけの部分を生み出すことによるエネルギー超過分の解消が、表面張力による気泡形成の阻害に打ち勝つことができれば、気泡が発生します (図4) 。気体の小さな分子クラスター[7]は、その体積のわりに表面積が大きいので、表面張力の効果が大きくなって、大きな気泡へと成長することができません。気泡が安定して存在できる最小の半径である臨界核半径[8]サイズの気泡が生成されることを気泡核形成といいます。気泡核形成のしやすさは、過飽和の度合いやマグマの温度・圧力、表面張力の大きさなどに依存します。
無事に核形成できた気泡たちは、マグマが地表に向かって上昇するにつれて、圧力の減少と気体分子の拡散によって、どんどん体積を大きくして成長していきます。従来のモデルでは、気泡の成長過程にはマグマの粘性の影響が取り入れられていたものの、気泡核形成過程では考慮されていませんでした。
マグマの粘性の影響を考慮するために、レイリー・プリセット方程式が用いられます。気泡の核形成や成長のようなゆっくりとした現象では、気泡内の圧力は、マグマの圧力・表面張力・粘性によって気泡が膨張するのを妨げる力[9]とつり合います (図5) 。粘性の影響により、気泡が成長しにくくなるだけでなく、核形成も起こりにくくなることが予想されるので、西脇さんらはこの影響を定量的に評価し、火道内のマグマの上昇を模擬したシミュレーションの中に取り入れました。
気泡核形成のしやすさは、核形成速度、すなわち単位時間あたりに臨界核半径サイズの気泡がいくつ生成されるか、で表現されます。まず、西脇さんらはマグマの粘性の影響を考慮すると、この核形成速度がどのように変化するかを計算しました (図6) 。この結果、自然界に存在するようなマグマでも、従来の粘性の影響を考慮していないモデルよりも核形成速度が数桁ほど小さくなる可能性があり、粘性の影響を無視するべきではないことが分かりました。
続いて、西脇さんらは気泡を含んだマグマが火道を上昇する様子を模擬した数値シミュレーションを行いました (図7) 。マグマの圧力を徐々に減少させることで、火道を上昇している様子を再現し、その途中での気泡核形成と気泡の成長を計算します。気泡がたくさん生成されるほど、マグマ中の気体分子は消費され、その後の発泡現象に影響を及ぼします。この数値シミュレーションを地中深くから地表面に相当する圧力に到達するまで行います。
ここでは、以上の数値シミュレーションの結果のうち、最終的なマグマ中の単位体積あたりの気泡の数、気泡数密度 (BND) についてご紹介します (図8) 。従来の研究から、最終的な気泡数密度を決定する因子として、粘性率と減圧速度[10]の積で表されるパラメータが重要であることが分かっています。このパラメータが小さい、すなわち粘性率が小さく、さらにマグマの上昇がゆっくりで減圧速度が小さい場合には、最終的な気泡数密度に対する粘性の影響は小さくなり、拡散支配領域と呼ばれています。一方、このパラメータが大きい場合は粘性支配領域と呼ばれており、粘性率や減圧速度が大きいほど最終的な気泡数密度が大きくなります。
先ほどは、粘性の効果によって核形成速度が小さくなると述べましたが (図6) 、今度は粘性率が大きいほど最終的な気泡数密度が大きくなるという結果になりました。この理由は、粘性の影響により気泡が成長しづらくなり、過飽和を解消するために、やむをえず臨界核半径サイズの小さな気泡が大量に生成されるためだと考えられます。
従来モデルでは、核形成過程において粘性の効果が含まれていなかったために、粘性支配領域においては非常に多くの微細な気泡が生成されていました。西脇さんらの新しいモデルでは、核形成過程に粘性の影響をきちんと含めることで、従来モデルほどには大量の気泡核形成が起こらないことが分かりました。一方、拡散支配領域においては、核形成過程に粘性の影響を取り入れても結果は大きく変わらないことが分かります。
さて、このような粘性支配領域で表されるようなマグマは実際に自然界に存在するのでしょうか?それとも机上の空論で終わってしまうのでしょうか?
実際に図6で示したような自然界に存在するマグマの粘性率と一般的な火道を上昇するマグマの減圧速度を用いて計算を行うと、ほとんどの噴火事例や実験結果は拡散支配領域に収まってしまうようです。しかし、このマグマの粘性率は理想的な値であり、マグマの温度低下などの要因でこの理想値よりもかなり高粘性になる可能性があります。例えば、アメリカ合衆国ワシントン州にあるセント・ヘレンズ山の 1980 年噴火は山体の大部分が崩壊するような爆発的噴火で、マグマはかなりの高粘性かつ急減圧だったと考えられています。このような大規模な爆発的噴火は粘性支配領域に属する可能性があるので、西脇さんらの研究が非常に重要になってきます。
現在は、粘性の影響を考慮した核形成速度 (図6) と粘性支配領域での気泡数密度の数値シミュレーションによる結果 (図8) の正しさを確かめるべく、ガラスと水を用いた高温高圧実験を行なっているそうです。
今回ご紹介した研究のきっかけは学部 3 年の夏にさかのぼります。地球惑星科学科では学部 3 年の夏にどの研究室へ行くのかを決めないといけないのですが、当時の私はまだ候補を絞りきれずにいました。そんな折、岩石鉱物科学という講義のあとの昼休み、のちに指導教員となる寅丸先生から「きみ、熱力学が好きなんだって?」と声をかけられました。講義の難解な内容に積極的に質問していたので顔を覚えていただけたのでしょうか。当時まだ原稿段階の『マグマの発泡と結晶化』 (寅丸、2019、東大出版) の第 3 章「気泡形成の仕組み」の原稿を渡され、古典核形成論の勉強を始めました。非平衡物理学に基づく非常にややこしい議論と繁雑な数式の海に翻弄されながらも、これをなんとか理解したい、という執念で何度も読み返しました。ときには先生のお部屋にお邪魔して長時間の議論を続けるうちに、思考の基礎体力をつけることができました。と同時に、深い思考にはそれを支える体力が不可欠だということにも気づかされました。
これからも、ご飯をもりもり食べて、より一層研究に邁進していきたいと思います。
Note:
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