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宇宙物質流入と地球生命史(

生命進化も絶滅も、宇宙からの物質流入が決めた?

著者
佐藤助教

 近年の研究では、宇宙からの物質が地球に流入することで、生命に不可欠なリンや鉄などの元素が供給され、生命の進化が促進されたり、反対に大量の宇宙物質が短期間で地球に流入することで寒冷化や生物絶滅が引き起こされたりするといった説が注目されています。これは地球科学の中でも新しい視点であり、かつ非常に重要なテーマです。私たちは、日本の深海底に堆積した岩石を調査し、地球の歴史における宇宙物質の流入量の変化を追うための手法と分析技術を開発してきました。その結果、過去 3 億年間の深海底堆積岩から、これまで報告されていなかった小惑星の衝突が 3 回起きたことや、宇宙からの塵が大量に流入したイベントが 2 回あったことが明らかになりました。これらのイベントが発生した時代には、突発的な生物の絶滅や進化が記録されており、宇宙物質の流入量の変動が、地球の気温や大気の組成の変動と同じく、生命の歴史において重要な役割を果たしていることを示しています。このような研究成果により、令和 5 年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞 (研究部門)」を受賞しました。

佐藤 峰南(大学院理学研究院 地球惑星科学部門)
構成:中島 涼輔(大学院理学研究院)

恐竜絶滅の謎

天体衝突説の提唱から 40 年

 1980 年に、ノーベル物理学賞受賞者であるルイス・アルヴァレスにより「白亜紀/古第三紀Cretaceous-Paleogene (K-Pg)境界boundary (6600 万年前) の恐竜絶滅の原因は、小惑星の衝突にある」という論文が発表されたことで、地質時代を通した宇宙物質流入に関する研究がスタートしました (写真1)。その結果、8 万年前および 3500 万年前に起こった宇宙塵cosmic dust[1] の突発的流入量増加イベントや、4 億 7000 万年前の「隕石シャワー」イベントが広く知られるようになりました。これらの研究では、宇宙物質流入が生命の必須元素であるリンや鉄を地球にもたらし生命進化を駆動したとする説や、反対に、短期間の宇宙物質流入量増加が寒冷化や生物絶滅を引き起こしたとする説が注目を集めています。

図1
写真1イタリアのグッビオで発見された白亜紀/古第三紀境界のイリジウム濃集層 この発見により、白亜紀末だけでなく、地質時代を通した宇宙物質の流入と生物絶滅・進化に関する研究が一気に加速した。

 ただ、地球や生命の歴史における宇宙物質流入の記録は断片的であり、宇宙物質流入量の増減が、過去の地球環境や生命の歴史に与えてきた影響を定量的に評価するには至っていません。例えば従来の研究では、地球上の生物が古生代型から現代型の生物群へと大きく入れ替わる、古生代ペルム紀から中生代の時代 (3 億年前〜 6600 万年前) が注目されてきました。特に、宇宙塵や隕石に豊富に含まれるイリジウムなどの白金族元素platinum group elements[2] をトレーサーとした分析がなされてきましたが、いずれの元素からも、宇宙物質の流入履歴を捉えるほどの濃度変化は検出できておらず、上記以外の時代での新発見には至っていません。

宇宙物質流入の歴史は、地層に記録されるのか?

鍵は日本の地層にあり!

 従来の研究では、大陸周辺の海で堆積した地層を中心に、地質時代の宇宙物質流入に関する研究が行われてきました。しかしこのような場所で形成された地層は、たとえ突発的な宇宙物質の混入があったとしても、河川や陸からもたらされる大量の土砂により、衝突を証明するための超微量元素 (例えば隕石に豊富に含まれるイリジウム) の情報が薄められて、ほとんど失われてしまうという問題がありました。

 そこで私たちは、日本の遠洋性深海底堆積岩である「層状beddedチャートchert[3]」に着目しました (写真2)。層状チャートは、堆積速度が非常に遅く、陸源性の砕屑物をほとんど含みません。そのため、他の堆積岩類に比べて宇宙物質が濃集しやすいと期待されます。そこで私たちは、宇宙物質に高濃度で含まれる白金族元素 (ルテニウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金) の分離・濃縮手法や質量分析技術の構築に加え、分析のための前処理過程が煩雑なレニウム-オスミウム (Re-Os) 同位体分析を簡便・迅速に行うため新たな手法の開発を推進してきました。また層状チャートには、年代決定を可能にする示準化石index fossil[4] が豊富に含まれるため、詳しく年代決定をすることができます。これらの研究により、宇宙物質流入量の時間変動と、当時の詳しい生物絶滅・進化パターンを研究することが可能となったのです。

図2
写真2愛知県犬山市と岐阜県坂祝町の境を流れる木曽川沿いで観察される層状チャート 大洋域の深海底で、約 2 億 5000 万年前から 1 億 7000 万前にかけて堆積した地層が露出している。

未知の天体衝突イベントを発見

生物の絶滅や進化をもたらした?

 上記の新しい技術を用いて、過去 3 億年間の深海底堆積岩 (堆積物) を研究した結果、新発見となる小惑星衝突イベントを 3 件 (2 億 1500 万年前、2 億 600 万年前、1160 万年前) 見出すことができました。特に 2 億 1500 万年前の衝突では、直径 3.3〜7.8 kmの天体が地球に衝突し、海洋表層における食物連鎖の崩壊、海洋生物の絶滅、新たな生物群集の出現といった現象が、衝突後 30 万年という短期間で起こったことが明らかになりました。また、私がイタリアのパドヴァ大学で研究員をしていた時期には、イタリアの 2 億 600 万年前の地層からも、天体衝突イベントを見出すことができました (写真3)。この衝突も、三畳紀と呼ばれる時代の末期に起こった海洋生物の絶滅と関連している可能性があります。このように、私たちの研究で明らかにされた天体衝突イベントの時代には、突発的な化石の絶滅や進化が記録されており、衝突が気温や大気組成の変動と同じく、地球生命史において重要な役割を持つことが示されました。

図3
写真3 イタリア南部ブリエンツァ地域に分布する Sasso di Castalda セクション。約 2 億 600 万年前の地層から、天体衝突イベントを示唆する白金族元素の高濃度層が復元された。

まとめと展望

 従来の研究では、さまざまな地質時代境界を中心として、隕石衝突が引き起こす大量絶滅の痕跡の探索が行われてきました。しかしそのような証拠は、限られた時代からしか見つかっていませんでした。私たちは、過去 3 億年間の深海底堆積岩から、これまで未報告の天体衝突イベントを発見し、さらに宇宙塵の大量流入イベントについても研究が進んでいます。これらのイベントが発生した時代には、突発的な化石の絶滅や進化が記録されており、宇宙物質流入量の変動は、気温や大気組成の変動と同じく、地球生命史において重要な役割を持つことは間違いありません。日本の試料と分析技術によって明らかとなった、宇宙物質流入と地球生命史に関する研究はまだ始まったばかりですが、今後も地球化学的な視点から研究を進めていき、地球科学と惑星科学の境界領域を開拓していきたいです。

研究こぼれ話


著者宇宙物質の流入履歴を解読する研究のきっかけは、約 2 億 1500 万年前の隕石衝突によって形成された“特異的な地層の探索”を始めた卒業研究にさかのぼります。フィールドに通って岩石を持ち帰り、薄片観察や地球化学分析を繰り返す日々の中、宇宙物質のシグナルを検出できたときの感動は今でも忘れられません。これからも、地質学を通して宇宙を覗くことができるような研究を続けていきたいと思っています。

Note:

  • [1] 宇宙塵うちゅうじんとは、地球に流入する宇宙物質の 1 つで、直径 1 mm 以下の固体微粒子です。
  • [2] 白金族元素とは、ルテニウム (Ru)、ロジウム (Rh)、パラジウム (Pd)、オスミウム (Os)、イリジウム (Ir)、白金 (Pt) の 6 つの元素からなる強親鉄性元素です。
  • [3] 層状チャートとは、一般に厚さ数 cm から数 10 cm の非常に硬い珪質部と、厚さ数 mm 以下の泥質部から構成される堆積岩です。チャートは、放散虫といった海に生息するプランクトンの死骸などが堆積することでできます。
  • [4] 示準化石とは、地質時代の決定に有効な化石のことです。示準化石の条件としては、1) 広域に (汎世界的に) みつかること、2) 地層から多産すること、3) 進化的な形態変化が速く、種の生存期間が短いこと、などがあげられます。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
層状チャートに記録された巨大隕石衝突の地球化学的特徴
著者
佐藤 峰南
掲載誌
地質学雑誌 124:983–993 (2018)
受賞情報
令和 5 年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞 (研究部門)」
研究紹介動画
地球惑星科学科 オープンキャンパス 2022
研究室HP
地球進化史研究室
キーワード
天体衝突、宇宙塵、地球生命史、白金族元素、層状チャート