ツクツクボウシの鳴き声は「オーシンツクツク」から「ツクリヨーシ」と途中でパターンが変化しますが、このような変化は他の鳴く昆虫には見られない珍しいものです。誰しもが聞いたことのある鳴き声にもかかわらず、このパターンの変化にどのような適応的意義があるのかについては明らかになっていませんでした。そこで、システム生命科学府 生態科学研究室の児⽟さんは、録音したツクツクボウシの鳴き声を他のツクツクボウシに聞かせるプレイバック実験を行い、「オーシンツクツク」のパートと「ツクリヨーシ」のパートでそれを聞いたオスの反応が異なることを発見しました。この研究は、大阪公立大学 大学院理学研究科 客員研究員 (元 九州大学 大学院理学研究院 准教授) の粕谷 英一 博士、九州大学 大学院理学研究院 生物科学部門の立田 晴記 教授と共同で行われ、その成果は、Entomological Science に掲載されています。
夏の風物詩であるセミの騒がしい鳴き声は、オスのセミによるものです。コオロギやカエルも同様に、メスは鳴かず、オスだけが鳴くという特徴があります。オスが鳴くのは、交尾のためにメスにアピールするためだと考えられていますが、オス同士のコミュニケーションといった観点では十分に調べられているとは言えません (図1)。
セミが身近な昆虫であるにもかかわらず、その生態があまり分かっていない理由は、成虫として現れるシーズンが限られているためです。その上、飼育は難しく、捕獲には労力がかかるため、セミの研究例は少なく、基本的なことでさえ証拠が不足している現状でした。知名度が高いがゆえに既に十分調べられているだろうと勘違いされていることも、セミ研究の不十分さに拍車をかけているかもしれません。児玉さんはこの状況を解消すべく、難しさを承知の上でセミの研究を開始しました。
セミは、コオロギや鈴虫などの他の鳴く昆虫とは全く異なる発声機構をもっています。多くの昆虫は、翅や脚などをこすり合わせる摩擦発音と呼ばれる方法で音を発します。一方、セミは腹部の筋肉をつかって膜を振動させ、腹部の空洞で共鳴させることで、大音量の鳴き声を発します。さらに、腹部を動かすことで鳴き声のパターンや周波数を変えることができ、他の昆虫よりも複雑な音を発することが可能です。
セミの中でもツクツクボウシ (図2) の鳴き声は特に複雑です。鳴き始めの「ジー」から、「オーシンツクツク、オーシンツクツク」というメインメロデイを繰り返した後、途中で「ツクリヨーシ、ツクリヨーシ」とパターンが変化し、「ジー」と鳴き終わります。オスが鳴く生物の中で、このように鳴き声のパターンが途中で変化するものは、他に類を見ません。鳴き声のパターン変化は腹部の動かし方を変えることで実現しているわけですが、ツクツクボウシがわざわざそのような鳴き方をしているのは何故なのでしょうか?
ツクツクボウシの鳴き声とそのパターンの変化はどのような役割をもっているのか?、特に他の個体とどのように音声コミュニケーションを行っているのか?を調べるために児玉さんが注目したのは、ツクツクボウシの "合の手" です。オスのツクツクボウシは、近くにいる別のオスの鳴き声に対して、「ギーッ」と鳴き返すことが知られています[1]。この応答は、オス同士のコミュニケーションを調べる上で好都合です。そこで、児玉さんは通常のツクツクボウシの鳴き声を他のオスに聞かせたときと「オーシンツクツク」のパート・「ツクリヨーシ」のパートだけを聞かせたときで、"合の手" に違いが現れるのかどうかを調べました。
研究の第一ステップは、ツクツクボウシの鳴き声を録音することです。周囲でセミが鳴いている環境の方が誘発されて鳴きやすいこともあり、録音は野外で行います。しかし、野外では複数個体が同時に鳴いていることが多いため、一個体の鳴き声だけを録音するのはとても大変です。そこで児玉さんは、捕獲したツクツクボウシをかごに入れて野外に置き、上方から単一指向性のマイクを向けて録音を行いました (図3)。こうすることで、野外でも周囲のセミの鳴き声が入らずに、くっきりと対象個体の鳴き声のみを録音することができます。
いよいよ録音した鳴き声を他のツクツクボウシに聞かせるプレイバック実験です。しかし、この研究を始めた最初の 2 年間は、あまり良い実験結果が得られなかったそうです。児玉さんは、それでも何かわかることはないかと諦めずにデータを確認していたところ、一連のツクツクボウシの鳴き声の中で "合の手" の回数が多いときと少ないときがあることに気づきました。そこで、3 年目の実験では、この "合の手" の回数に焦点を当て、サンプル数を増やし、ついに前半の「オーシンツクツク」のパートにおける "合の手" の回数の方が、後半の「ツクリヨーシ」での回数よりも多いことを示すことができました。すなわち、前半パートと後半パートは、ただメロディが違うというだけでなく、他のオスに与える影響も異なる可能性があると言えます。
セミの研究を行うためには、もちろんセミの活動時期・時間に合わせて行動しなければなりません。児玉さんの場合、セミのシーズンである夏場の一日のスケジュールは、午前中は九州大学 伊都キャンパスの生物多様性保全ゾーンなどでセミ捕り、午後はその捕まえてきたセミを使って実験、夜に得られたデータの整理、という感じです。オフシーズンは野外ではほとんどデータを得ることができないので、夏の時期はデータの分析よりも、ひたすらデータの収集に時間を充てるそうです。セミのシーズンが終わると、音響解析や統計解析、DNA の系統解析などに専念します (図4)。
今回の研究では、ツクツクボウシの鳴き声の行動生態学的な意義を解明する第一歩として、オス同士の音声コミュニケーションに着目しました。そして、オス同士のコミュニケーションにおいて、鳴き声の「オーシンツクツク」パートと「ツクリヨーシ」パートには意味的な違いがあることが明らかになりました。そうすると今度は、異性間の音声コミュニケーション、すなわち、ツクツクボウシのメスはオスの鳴き声をどう受け取っているのかについても気になるところです。
また、オスが "合の手" を行う理由についても明らかにしたいところです。現時点では、"合の手" の意味には以下のような説があるそうです。
(3) のスニーキングとは、他のオスの鳴き声に近寄ってきたメスに対して自分の居場所を知らせることで、メスを横取りすることです。もし "合の手" がスニーキングのために行われているのであれば、"合の手" は単なるオス同士のコミュニケーションというわけでなく、メスに対しても繁殖上の効果をもつこととなり、もしそうであればとても興味深いことだと児玉さんは話します。
セミの鳴き声といえば「ミンミン」が有名ですが、実は西日本の平野部では、ミンミンゼミはほとんど見られないんですよ。皆さんの近くでは、どんなセミが、どんな鳴き声で鳴いていますか?ぜひ聴いてみてくださいね。
Note:
より詳しく知りたい方は・・・