太陽系の岩石天体の 1 つとして地球をみたときに、塵から固体地球が形成されるまでの進化過程 (Early Earth)、表層地殻から圧力 360 万気圧に達する地球中心核までの内部構造 (Deep Earth)、プレートテクトニクス型のマントル対流運動 (Dynamic Earth)、これら 3 つの解明が不可欠です。そのいずれにも地球深部の物質科学が深く関わっていますが、直接的な物的証拠は非常に限られているため、地球深部環境を再現する実験研究が非常に重要となります。特に 3 番目のプレートテクトニクス型のマントル対流は地球独自の現象です。化学的不均質を保持した海洋プレートが、地球表層で冷却され含水化したのちに、地球内部に直接リサイクルされる点 (図1) がこの対流モードの大きな特徴です。この大規模な物質循環を支配する地球深部プレートの運動には未だ多くの謎が残されており、我々の研究室ではその現象を支配する岩石鉱物物理に関する実験研究を行っています。
そのために、地球下部マントルまでの超高圧高温変形場を再現できる特殊な実験装置 (図2) を開発し、深部岩石の反応と変形挙動を明らかにする実験研究を行っています。この装置は放射光を導入できる点が大きな特徴です。放射光とは加速器で発生する特徴的な光で、高輝度で指向性をもった高エネルギーの X 線を用いて、高温高圧状態の試料を直接その場観察することができます。極限環境下における岩石の反応や破壊流動プロセスを明らかにするためには、九州大学での室内実験に加え、SPring-8 等の放射光実験施設においてその場観察実験を行うことが非常に重要です。
地球深部に沈み込むプレートに関する最大の謎の 1 つは、深発地震の発生です (図1)。岩石が塑性流動してしまう超高圧下でなぜ断層運動による地震が起こるのか?岩石の脱水反応や非平衡相転移がきっかけで断層が形成されるという仮説 (脱水脆性化と相転移断層形成) がありますが、直接的な実証は未だ不十分です。我々は上述した高圧変形実験装置 (図2) に、微小地震 (アコースティック・エミッション、AE) を検出できるシステムを組み込んで、応力場での岩石反応が誘起する破壊現象プロセスの解明に取り組んでいます (図3)。最近では次世代放射光を利用し、高時空間分解能を活かした新しいその場観察技術の開発にも取り組んでいます。
プレートは表層から沈み込んでコアに達するまでに 3 回の大変形を起こします。また下部マントルに入ったプレートでは地震は起こりません。冷たくて硬いことが特徴のプレートがどのように軟化して大変形を起こすのか?これはマントル対流の様式 (全マントル対流 or 2 層マントル対流) を考える上でも重要です。そのプロセスを理解する鍵の一つは岩石の細粒化です。岩石の粘性率は粒径の 2 乗から 3 乗で変化しますが、特に非平衡環境下で相転移が起こると粒径が数桁にわたって減少しうるので、岩石強度が激減する可能性があります (超塑性流動現象)。また水には岩石を軟化させる働きがあるので、プレートが運ぶ水の影響も重要です (加水軟化現象)。これらの現象を放射光高圧変形実験に基づいて直接的に実証することを目指しています。
これら “Dynamic Earth” に関する実験技術や物質科学を応用し、惑星氷のレオロジー (図4) や衝撃変成隕石で起こる非平衡相転移に関する実験研究も行っています。太陽系外縁部に存在する氷天体内部には通常の氷とは異なる結晶構造をもつ高圧氷が存在しますが、我々の実験によればそのような高圧氷は予想以上に流動しやすいことが明らかになってきました。また氷天体には water ice に加え二酸化炭素などの non water ice も存在していますが、それがほんの少量加わっただけで氷の粘性率を劇的に減少させます。これら惑星氷独自のレオロジー的特徴が、極低温環境下の氷天体で活発なテクトニック活動が起こる原因と考えられます。また隕石に記録されている非平衡な相転移挙動を実験的に解読し、惑星形成初期における天体衝突プロセス (時間スケールや impactor サイズなど) を検討しています。
このように我々の研究室では独自の実験技術を駆使して、惑星深部物質のカイネティクスとレオロジーに着目した実験研究を行いながら、天体内部で起こる動的現象を解き明かすことを目指しています。