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超対称性粒子の質量の持つ新しい性質(

超対称性の破れのモジュライ媒介の隠された紫外不感性

著者

物質を形作る最も基本的な粒子である素粒子は「標準模型」と呼ばれる理論でよく理解できることが知られています。しかし宇宙の暗黒物質など説明できない現象があるため、研究者はさらに基本的な理論があると考えています。その中でも有力とされるのが超対称性理論です。超対称性理論は標準模型のすべての素粒子に対となる新しい素粒子を予言します。そうした新しい素粒子の質量は「超対称性の破れ」によって決まっています。本研究では量子重力理論の候補である「超弦理論」の予言する「モジュライ媒介」と呼ばれる超対称性の破れを詳しく調べました。そしてこれまで存在すると考えられていた重い素粒子からの補正がある一般的な条件の元で奇跡的に消えてしまうことを明らかにしました。研究成果は Physical Review Letters に掲載されました。

奥村 健一(九州大学先端素粒子物理研究センター 特任助教)
構成:石井 優大 (理学研究院)

万物の究極理論を求めて

素粒子elementary particleとはなんでしょうか。物質をどんどん細かくしてゆくと、原子や分子に行き着きます。原子はプラスの電荷を持った原子核の周りにマイナスの電荷を持った電子が電気力で束縛されたものです。原子核は陽子と中性子が集まった塊です。さらに陽子や中性子はクォークquarkと呼ばれる 2 種類の素粒子が「強い力strong interaction」と呼ばれる力で 3 個集まって出来ています (図1)。 電子には対となる粒子のニュートリノneutrinoが存在し、まとめてレプトンleptonと呼ばれます。クォークやレプトンはこれ以上分割できない基本的な粒子、素粒子だと考えられています。こうしたクォークとレプトンの組には物質を構成しているもの以外にも重さの異なるコピーが別に 2 組存在することも知られています。

図1虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図1自然界の最小単位は素粒子

標準模型は完成! しかし謎は残されている

標準模型Standard Modelはそうしたクォークやレプトンの振る舞いを精度良く予言できる理論です。万物の究極理論を追い求める研究者の努力の結果、50 年ほど前に完成しました。2012 年には最後の未発見粒子、ヒッグス粒子Higgs bosonが発見されています。しかし標準模型には理論として不自然なところがあり、また観測を基にした宇宙進化の研究が進んでくると、暗黒物質dark matterの存在など説明できない現象も明らかになってきました。多くの研究者がさらに基本的な理論が存在すると予測し、様々な提案がなされています。その中でも有力な候補が超対称性理論supersymmetric theoryです。超対称性理論は標準模型のすべての素粒子に対となる素粒子を予言し、そこには暗黒物質の候補も含まれます (図2)。現在そうした超対称性粒子の存在を確かめるために様々な実験が行われているところです。そのような探索で重要になるのが超対称性粒子の質量に関する予言です。

図2虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図2既知の素粒子と予言されている超対称性粒子

超対称性粒子をとりまく現状

超対称性粒子はまだ見つかっていない

超対称性理論は、標準模型のすべての素粒子にスピンの異なる対の素粒子が存在して、それらを入れ替えても理論が変わらない (対称な) 理論です。厳密な対称性の元では二つの素粒子の質量は等しくなります。しかし例えば電子と対となる素粒子は見つかっていません。これは元々あった対称性が破れることで対となる素粒子が現在の実験で作り出せるよりも重くなったためだと考えられています (図3)。

図3
図3超対称性の破れによる重い質量の獲得

超対称性の破れはどこからくるのか

そうした超対称性を破る仕組みが分かれば、超対称性粒子の質量が分かるため、様々な機構が研究されています。その一つが「モジュライ媒介modulus mediation」と呼ばれる機構です。標準模型は重力を含んでいませんが、モジュライ媒介は量子重力も含めた究極の統一理論の候補である超弦理論の予想の一つです。超弦理論superstring theoryは 10 次元時空で定義され、我々の 4 次元時空以外の 6 次元は実験では到底見えない程小さな大きさに超対称性を保つように丸まっていると考えられています (図4)。

図4虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図4超弦理論とモジュライ媒介の概念図 図の一部を Wikimedia Commons より引用 (詳しくはこちらこちらを参照)。

ここで超対称標準模型の粒子が 6 次元空間のある部分に住んでおり、別の部分で後から超対称性が破れると考えます。するとまず 6 次元の大きさや形が影響を受け、さらにその影響で超対称標準模型の超対称性も破れ、超対称性粒子が大きな質量を持つようになります。これがモジュライ媒介です。

生成・消滅を繰り返す素粒子

一方でこうした質量の予言を調べる時には「量子補正」が重要になります。高校の物理で習うように物体の運動は運動方程式に従います。しかし素粒子が存在するミクロの世界では量子力学が成り立っており、エネルギーや運動量と電荷が保存している限り、運動方程式を満たさないような運動もある確率で可能になります。巨視的な世界では百円玉が百円玉2つと反百円玉になったりはしませんが、素粒子は絶えず他の素粒子に崩壊したり、それが反応してまた元に戻ったりするような過程を繰り返しています。

素粒子の質量にはそのような仮想的な状態の寄与も含まれているため、モジュライ媒介で生じた生の値ではなく仮想粒子の効果も取り込んだ計算が必要です。仮想粒子には負のエネルギーも許され、実験では作り出せないような重い素粒子も含まれます。観測される質量にはそうした重い素粒子の影響も含まれることになり、そうした重い素粒子の性質が観測される軽い素粒子の性質に現れることがあります。

超対称性粒子が存在する証拠をつかむ

例えば、標準模型では電子の数とミュー粒子の数はそれぞれ独立に保存しています。従ってミュー粒子 (μ) が電子 (e) と光子 (γ) に崩壊する様な現象は起こりません (図5, a)。

図5
図5標準模型では禁止されるが超対称性理論では起こりうる反応例 図の左から右へと時間が進む。超対称性粒子をチルダ ( ˜ ) 付きで表している。(a) ミューオンが電子へと変わる反応。スレプトンやゲージーノが仲介役となる。(b) スレプトンが右巻きスニュートリノを放出・吸収する反応。

しかしこうした保存則は対となるニュートリノの質量によってごく僅かに破れていることが知られています。このニュートリノが持つ微小な質量を重い「右巻きニュートリノright-handed neutrino」によって説明するのがシーソー機構seesaw mechanismであり、そこでは右巻きニュートリノが保存則を破っている犯人です。超対称性理論ではこの右巻きニュートリノの影響がミュー粒子や電子と対になる超対称性粒子の質量に現れ (図5, b)、さらにその超対称性粒子による量子補正によりミュー粒子が電子と光子に崩壊する様な現象が起こると考えられています。現在そうした現象が世界中の様々な新しい実験で探索されようとしています。

研究結果と考察

重い質量の起源

従来、超対称標準模型の粒子よりも重くて未発見の新しい粒子を理論に導入してその量子補正を考える場合、新しい重い粒子の質量は勝手に選べる定数だと考えられてきました。しかし超弦理論では質量の次元を持つ定数は超弦の張力を決めるパラメータ一つしかありません。その値はヒッグス粒子の質量の 1016 倍と巨大であり、この基本的な質量と比較して桁違いに軽い質量を理論に持ち込もうとすると工夫が必要です。そうした工夫の一つが非摂動効果です。

超対称性理論には摂動がない

本来スピンを持たない粒子の質量は量子補正によって生み出すことが出来ますが、実は超対称性を保つ質量には仮想的な粒子の生成や消滅 (摂動効果) による補正が存在しません。これはそもそも標準模型の拡張として超対称性理論を考える理由です。これにより量子補正に抗してヒッグス粒子を超弦理論の基本質量と比べて自然に軽く保つことが出来ます。超対称性理論ではヒッグス粒子やクォークやレプトンと対になる超対称性粒子の質量は主に超対称性の破れにより生じていると考えられており、そうした質量には上で説明したような補正が存在します。しかしこれでは超対称性の破れの大きさをはるかに超える重い粒子の質量の起源を説明することは出来ません。

非摂動効果ならば小さな質量を説明できる

一方で粒子の生成消滅は何もない真空の上で起こりますが、理論によってはこの真空が複数存在する場合があります。この真空は理論の抽象的な空間中でエネルギーの壁によって隔てられていますが、量子力学ではトンネル効果により壁をすり抜けて間を行き来する確率が存在します (図6)。この確率はエネルギー障壁の大きさに対して指数関数的に減少します。超対称性理論ではこうした真空間の遷移の量子効果で素粒子に超対称性を保つ質量が生じる場合があり、その場合の大きさは基本的な質量の大きさよりも遷移確率だけ小さな値となります (非摂動効果)。

図6虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図6トンネル効果をボールの運動に例えたもの 古典力学においてボールが谷から谷へ移るためには、エネルギーを与えて山 (エネルギー障壁) を超えさせる必要がある。このような古典力学的な遷移に加えて、量子力学の世界では、ある確率で谷から谷へ直に移るようなトンネル効果が存在する。超弦理論では 6 次元空間が小さく丸まるほどエネルギー障壁が低くなり、トンネル効果が起こりやすくなる。

エネルギー障壁の大きさは、丸まった 6 次元空間の大きさに依存して大きくなります。したがって質量は定数ではなく、6 次元空間の大きさに指数関数的に依存することになります。これにより超弦理論の基本的な質量より桁違いに小さな質量を自然に生み出すことができます。超対称標準模型に含まれない未発見の重い素粒子の質量がこうした効果で生じているとすると、モジュライ媒介では 6 次元空間の大きさに対する依存性を通じてさらに超対称性を破る質量が生じます。

超対称性の破れ ― 摂動補正 vs. 非摂動補正 ―

本研究で明らかになったのはこの場合、重い素粒子の生成・消滅によって生じる超対称性粒子の質量への補正がある一般的な条件の元、重い素粒子の方に生じた超対称性を破る質量の影響により消えてしまうということです。こうした効果は従来、アノマリー媒介anomaly mediationと呼ばれる別の超対称性の破れの機構において質量が定数の時に成り立つことが知られていました。本研究はそうした不思議な現象がもっと広い枠組みで成り立つことを明らかにしたことになります。また、摂動効果と非摂動効果という本来無関係に思える現象に関係が現れる点でも特徴的な結果です。

まとめと展望

ここで説明した新しい効果は一般的なものであり、超対称性理論が予言する様々な現象に影響を及ぼす可能性があります。例えば、上で挙げたミュー粒子が電子と光子に崩壊する現象を考えます。右巻きニュートリノの質量が定数ではなく、ここで説明したような非摂動効果により生じていたとすると、右巻きニュートリノの生成、消滅による超対称性粒子の質量への補正が消えてしまいます。従って期待されていた崩壊は理論上理想的な状況では起こらなくなってしまいます。実際にはこうした効果には不定性があり、100% 消えてしまうとは考えられません。元々こうした崩壊は様々な模型においてこれまでの実験で既に否定されたよりも頻繁に起こる傾向があるので、棄却されたと考えられていた模型の予言がこれから確かめられる可能性があると言う方が正しい説明になります。現在はこの機構により他の現象に対しても何か質的に新しい予言ができないかさらに研究を進めています。

研究こぼれ話


著者私は 20 年近く研究者として研究を続けてきましたが、国内の大学や基礎研究を取り巻く現状を見ると残念ながらその将来は多難であると言わざるを得ません。しかしそうした人間側の諸事情を超えて、いつの時代にも学問には歴史に残るようなファンダメンタルな貢献をするチャンスがいくらでも広がっているのだと思っています (特に若い人には)。学生の人達は広い視野を持って古い世代の教員には思いも付かない新しい科学のやり方を探しに出かけて下さい。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
Hide and Seek with Massive Fields in Modulus Mediation
著者
Ken-ichi Okumura
掲載誌
Physical Review Letters 123:1–7 (2019)
キーワード
標準模型、超対称性理論、超弦理論、超対称性の破れ、量子補正