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レアメタル不要 鉄が酸化触媒(

レアメタルに代わる鉄の可能性—アルコールの空気酸化を効率よく触媒する鉄錯体

不斉炭素原子を有する第2級アルコールの鏡像異性体の酸化的分割は、これまで高価で埋蔵量が小さいレアメタルを触媒として使う必要がありました。理学研究院化学専攻の國栖さんや小熊さんらの研究グループは、安価で埋蔵量が大きい鉄を中心金属とする錯体が、鏡像異性体の酸化的分割に有用な触媒となる事を初めて見いだしました。医薬品や農薬などに広く使われている光学活性なアルコール類の、より安価な製造法開発などへの応用が期待されます。

小熊 卓也、國栖 隆(理学府 化学専攻)

大きく性質が異なるアルコール類の鏡像異性体

アルコール類は、炭素(C)にヒドロキシ基(OH)が結合したCOHという構造をもつ化合物で、医薬品・農薬などに広く使われているほか、生体内で働く物質にも多くみられる重要な化合物です。

ヒドロキシ基(OH)と結合した炭素原子の残りの3本の手に、2つの異なる置換基と水素がつながっている第2級アルコールは、自分の鏡像異性体と決して重ね合わせる事ができません(図1)。

図1
図1鏡像異性体の関係

鏡像異性体同士は、構造が似ているものの性質が大きく異なることがあります。例えば、ある一方の鏡像異性体は薬としての効果を示すものの、もう一方の鏡像異性体は薬になるどころか、毒として作用することすらあります。したがって、一方の鏡像異性体を選択的に合成することは大変重要な問題です。

レアメタルにしかできなかった鏡像異性体の酸化的分割

2つの鏡像異性体が1:1の割合で存在している状態は、比較的簡単に入手・合成することができます。そのうち一方の鏡像異性体のみを選択的に酸化させると、残りの未反応のアルコールを純粋な鏡像異性体として得ることができます。

この方法は、「酸化的速度論的分割」と呼ばれ、空気中の酸素を酸化剤に、ルテニウムやパラジウム、そしてイリジウムなどのいわゆるレアメタルを触媒に用いて酸化する手法がすでに開発されていました(図2)。

しかし、レアメタルは高価で埋蔵量が小さく枯渇の恐れがあるため、より安価かつ豊富に存在する元素を用いた方法の開発が求められてきました。

図2
図2これまでのレアメタル錯体を用いた酸化的速度論的分割

レアメタルに代わる触媒の可能性

國栖さん、小熊さんらが所属する研究チームでは、従来から様々な金属錯体を触媒として酸化反応の開発を行ってきました。その中で鉄サラン錯体と呼ばれる触媒が、2-ナフトール類の酸化的カップリング反応という酸化反応の良い触媒であることが明らかにされました(図3)。

図3
図3鉄サラン錯体による2-ナフトール類の酸化的カップリング反応

この鉄サラン触媒は、今回の目的であるアルコールの空気酸化反応の触媒にはならないことも分かっていましたが、鉄サラン触媒を用いた2-ナフトール類の酸化的カップリングの詳しい反応機構を調べたところ、反応の途中で、高酸化状態の活性種が生成する可能性が示されました。

鉄サラン錯体そのものはアルコールの酸化の触媒とならなくとも、より酸化力の高いと想定されるこの高酸化状態の活性種を触媒として用いることができれば、アルコールの酸化が可能ではないかとの仮定をたてました(図4)。

図4
図42-ナフトール類の酸化的カップリングで生成される高酸化状態の活性種

鉄触媒による酸化反応を応用すれば、レアメタルが不要になる。

先の仮定を検証すべく、第2級アルコールの酸化反応の実験を行いました。鉄サラン錯体に2-ナフトールを少量添加し、高酸化状態の活性種を生み出すことが出来る状況をつくると、第2級アルコールの酸化が進行し、二つの鏡像異性体のうち片方のみを選択的に酸化する事ができました。

さらに2-ナフトール以外の様々な添加剤を検討したところ、この反応には1-ナフトールが最も効果的である事が分かりました(図5)。

この手法は様々な第2級アルコールの酸化反応に適用することができ、一般的な第2級アルコールの酸化的速度論的分割を「鉄」触媒を用いて行った初めての例です。

図5
図5「鉄」触媒による第2級アルコールの酸化的速度論的分割

酸素を用いる酸化反応には、今回達成したアルコールの酸化反応や、2-ナフトールの酸化的カップリングなどの「水素引き抜き型の酸化反応」の他に、酸素原子が基質に導入される「酸素原子移動型」の酸化反応があります。小熊さんは「今回の結果が鉄錯体による酸素酸化反応の研究の皮切りとなり、酸素原子移動型の酸化反応を含む様々な研究に繋がることを期待したい」と話しています。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
Aerobic Oxidative Kinetic Resolution of Secondary Alcohols with Naphthoxide-Bound Iron(salan) Complex
著者
Takashi Kunisu, Takuya Oguma, Tsutomu Katsuki
掲載誌
Journal of the American Chemical Society 133:12937–12939 (2011)
研究室HP
有機反応化学研究室
キーワード
鉄触媒、酸素酸化、第2級アルコール、速度論的分割