人工光合成を達成するためには安定で活性の高い酸素発生触媒の開発が壁となっていました。理学府化学専攻の吉田さん・木本さんらの研究グループは、酸素発生には金属イオンを2つ以上含む触媒が必要というこれまでの常識をくつがえし、ルテニウムイオン1つしか金属イオンを持たない錯体が非常によい酸素発生触媒として働くことを発見しました。この研究成果はChemistry – An Asian Journal、Chemical Communicationsに掲載されました。
無尽蔵に地球上に降り注ぐ太陽光エネルギーから化学エネルギーを作り出す・・・「人工光合成」と呼ばれるこの反応系は、実用化に成功すれば世界のエネルギー問題が一挙に解決可能な、まさに夢の技術です。
最近では、ノーベル化学賞の根岸英一パデュー大特別教授が人工光合成のプロジェクトを立ち上げたことで、その名前が広く知られるようになりました。現在、安全で環境にやさしい新エネルギーの開発が世界的に求められており、「人工光合成」の実現に強い期待が寄せられています。
この「人工光合成」の一つとして有力視されているのが、光を使って水を水素と酸素に分解し、クリーンエネルギーとして有名な水素エネルギーを得る「水の完全分解」です(図1)。
植物がいとも簡単に光合成を行っているのに対し、人間はこの「水の完全分解」すら実用化できていません。水から水素を取り出す研究は活発に行われてきましたが、酸素を取り出す触媒の開発が後れをとっているためです。
酸素発生は水から4つもの電子を同時に奪う反応(酸化反応)なので、人工的に再現するのが難しいといわれています(図1)。
これまで30年近く、4つの電子を一度に動かすための工夫として、2つ以上の金属イオンを含む金属錯体を触媒として使う研究が進められてきました(図2)。
しかし、このような2つ以上の金属イオンをもつ触媒は、確かに水を酸素に変換できるものの耐久性が低いものが多く、すぐに壊れてしまうことが問題になっていました。
吉田さん、木本さんらは酸素発生の研究を進めていくうちに、この30年間の常識になっていた「2つ以上の金属イオンがないと酸素発生は起こらない」という前提そのものが間違っているという仮説に行き当たりました。
そこで、ルテニウムを分子内に1つだけ含む錯体を3種類、設計・合成し(図3上)、酸化剤であるセリウム(IV)の水溶液に加えることで酸素発生触媒として働くかを試しました。その結果、確かにどの錯体も酸素発生触媒として働くことが明らかになりました(図3下)。
これらの錯体の中でも特に“触媒1”は優れた性質を示していることもわかりました。酸素発生の速度はこれまでに知られている触媒の中でも非常に速い方であり、しかも耐久性が非常に高いのです。
しかし、1つしか金属イオンをもたないのに、どのようにして水から4つもの電子を奪っているのでしょうか。そこで、分光化学測定・速度論的解析・量子化学計算などを組み合わせてその謎の解明を試みました。
その結果、触媒反応の重要なステップに、触媒1(RuII–OH2)の三電子酸化種(RuV=O)が深くかかわっていることが分かりました。さらに、このRuV=Oと酸化剤であるセリウム(IV)とが協奏的に働くことにより、水から4電子を奪っていることが初めて示されました。
このようにして、複雑な酸素発生メカニズムの大部分を解明することに成功しました(図4)。特に、これまで30年近くの間、多くの酸素発生の研究者たちが「ただの酸化剤」として使ってきたセリウム(IV)が実は酸素発生を助けていたというのは、今まで盲点になっていた事実です。
以上のように今回、新概念の酸素発生触媒を発見し、またその反応メカニズムを明らかにすることに成功しました。
吉田さんは今回の研究成果について、「このような性質が、分子内に1つしか金属イオンをもたない錯体、いわば“常識外れ”な触媒で実現できたことは驚くべきことです。しかし、むしろ常識を疑ったからこそ、今まで気付かれなかった新しい触媒を見つけられたのでしょう。」と話しています。
「今回分かった新しいメカニズムをヒントによりよい触媒分子を設計することで、人工光合成を可能にする触媒の開発へとつながるでしょう。」
この研究で苦労されたことはなんですか?
「今までの常識とは違う触媒なので、最初は受け入れられなくて苦労しました。日本化学会で発表したら色んな先生方から質問責めにされて、2分間の質疑応答が5分以上もオーバーしてしまったこともあります。今となってはいい思い出です。」
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