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シクロプロペンの新合成法(

光学活性なシクロプロペン 新たな合成法の開発に成功

光学活性なシクロプロペンは、反応性が高く、キラルビルディングブロックとして有用な化合物である。理学府化学専攻の上原さんらの研究グループは、以前に開発されたイリジウムサレン錯体を用いる高選択的なシクロプロパンの合成を応用し、不斉四級炭素を含む光学活性なシクロプロペンの新たな合成法の開発に成功した。この反応は、基質と反応剤の適応範囲が従来法に比べて非常に広いことが特徴である。Journal of the American Chemical Societyに発表され、本研究の図が表紙を飾った

安富 陽一(理学府 化学専攻)

シクロプロペンのユニークな構造

炭素同士が二重結合したC=Cをもつ有機化合物はアルケンと呼ばれる。

アルケンが環状につながっているものをシクロアルケンと呼ぶ。そのうち最小のもの、つまり炭素が3つで三角形のかたちをしているものはシクロプロペンと呼ばれる。

二重結合を構成している炭素の結合角は通常120°である。しかし、シクロプロペンはその結合角が100°〜115°と本来の角度よりずれているために大きなひずみを生じ、不安定となりとても反応しやすい。

図1
図1シクロプロペンのユニークな構造

シクロプロペンの有用性とその問題点

このために、シクロプロペンは通常のアルケンより温和な条件で反応する。開環反応なども起こる。これらの反応は、様々な化合物合成に応用できる(図2)。

さらに光学活性[1]なシクロプロペンでは、光学純度を維持したまま反応が進行する。それゆえ医薬品合成などで不斉を導入するのに非常に有用であり、光学活性なシクロプロペンの合成法に関する研究が活発に行われてきた。

しかし従来の合成法では、不斉四級炭素[2]を含むシクロプロペンの合成に関して、合成の出発物質が限定されることや、エナンチオマーの片方だけを高い割合で与える高選択的な合成が困難であるといった問題点があった。

図2
図2シクロプロペンから作るさまざまな化合物

イリジウムサレン錯体を使ったシクロプロペンの合成

有機反応化学研究室ではこれまでに、イリジウムサレン錯体という触媒を使って様々なタイプのアルケンに対しジアゾ化合物を挿入することで、単結合のみでできている環状のシクロプロパンの片方のエナンチオマーを高選択的に合成することに成功している(図3)。

図3
図3イリジウムサレン錯体を使った反応系

そこで上原さんらは、二重結合を持つアルケンから単結合のシクロプロパンを合成したように、イリジウムサレン錯体を使って、三重結合をもつアルキンから二重結合を有するシクロプロペンの合成を試みた。

実験の結果、さまざまなタイプのアルキンとジアゾ化合物(図4)を用いて、不斉四級炭素を含むシクロプロペンを高選択的に合成することに成功した。

図4
図4合成に用いることのできたさまざまなジアゾ化合物

研究グループの安富さんは、「イリジウムサレン錯体を用いた今回の合成法を利用し、様々な有用なキラルビルディングブロックが導入されれば、本研究分野の発展につながるだろう」と話す。

Note:

  • [1] 光学活性とは、重ね合わせることのできない鏡写しの2種類の化合物が、1:1でない割合で同時に存在することを言う。鏡写しの2種類の化合物は、ほとんど同じ構造にも関わらず、しばしば全く異なる性質を持つため、どちらがどのくらいの割合で存在するかは非常に重要である。
  • [2] 四級炭素とは、光学活性の中心となる炭素が水素原子以外の4つの異なる置換基と結合していることを言う。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
Enantioenriched Synthesis of Cyclopropenes with a Quaternary Stereocenter, Versatile Building Blocks
著者
Misaki Uehara, Hidehiro Suematsu, Yoichi Yasutomi, Tsutomu Katsuki
掲載誌
Journal of American Chemical Society 133:170–171 (2011)
研究室HP
有機反応化学研究室
キーワード
シクロプロペン、イリジウムサレン、不斉四級炭素