海外で利用が進む計算代数システムMagmaの日本での普及に向け、Magmaに関する研究集会が10月に九州大学伊都キャンパスで行われた。そこで、主催者の一人である数理学府の横山さんにMagmaが数学の研究でどのように使われ、どのように役立つのかを、フェルマーの最終定理の証明を題材に説明してもらった。
数学者はどんな問題も「紙とペンだけで解ける」ことを誇りとしている。しかし一方で、コンピュータを使った数学用の計算システムが開発されて多くの数学者に利用され始めている。
代数計算システム「Magma」もそんな計算システムの一つで、世界中の研究者が利用しているが、いまだ日本国内での普及は進んでいない。
そこで国内の研究者による、Magmaの情報交換と計算機を使った代数研究の質の向上を目的としたシンポジウム「Magmaで広がる数学の世界」が、10月上旬に九大で開かれた。
ここでは現代数論でもっとも有名なフェルマーの最終定理の証明の鍵となった“楕円曲線”と“保型形式”をテーマに、主催者の1人である数理学府の横山さんにMagmaを用いた現代数学の研究の一端を紹介していただいた。
フェルマーの最終定理とは次のようなものである。
nを3以上の整数とする。このとき、
xn + yn = zn
をみたす正の整数x, y, zは存在しない。
フェルマーの最終定理は350年以上にわたり未解決であったが、20世紀終わりにワイルズにより証明された。ワイルズは、2人の日本人数学者がたてた“谷山–志村予想”の一部を証明することで、フェルマーの最終定理の証明に成功した。
谷山–志村予想とは、「楕円曲線」と「保型形式」とがうまく対応するという主張である。では楕円曲線と保型形式とはいったいどんなもので、どのように対応するのだろうか?
楕円曲線とはxの3次式で重根を持たないもののことで、例えばy2 = x3 − xのような式で表される。この曲線はMagmaに以下のコマンドを入力すれば実現できる。
上の表示がMagmaで楕円曲線y2 = x3 − xが実現できたことを示す。
一方、保型形式とは変数変換に対して型を保つ、つまり不変性を持つ関数のことで、複素関数として定義され以下のように表現される。
保型形式は「重さ」と「レベル」と呼ばれる2つの量で性格が決まる。重さが2、レベルが32の、ある特別な保型形式はMagmaで以下のようなコマンドを入力すれば表示される。
楕円曲線y2 = x3 − xについて、y2とx3 − xとの差が素数pの倍数となるような整数のペア(x, y)が(pを法とした世界で)何個あるかを考える。たとえば、(x, y) = (3, 3)の時、y2 = 9, x3 − x = 24であるから24 − 9 = 15となり、差が5の倍数となる。このような整数のペアは素数5のとき7個あり、その他の素数の場合の結果は以下のようになる。
一方、レベル32の保型形式をもう少しのばして、上の表のpと同じ部分だけqnの係数を抜き出すと、次のようになっている。
上の2つの表を比較して、その関係性に気づいただろうか?実は2つの表を比べると、
Np = p − ap
が上の表で登場するすべてのpに対して成り立つ。まったく異なる対象物と思われていた楕円曲線と保型形式が、こんなにも簡単な関係式で結ばれていたことが分かる。
この関係がより一般の場合にも成り立つだろう、という谷山–志村予想をワイルズが一部証明することで、350年間未解決だったフェルマーの最終定理が証明されたのである。
楕円曲線と保型形式の関係は、上のような表を比較することで気づくことができるが、この表をコンピュータに頼らず作るためには実は膨大な時間と根気が必要とされる。
また人間は計算ミスをしてしまいがちで膨大な手計算を行うと正確性にも欠けてしまう。そのため、現代数論の分野ではMagmaのような計算システムが予想の検証に役立つ道具として活躍しているのである。
横山さんは「数学の研究を行う上で、紙とペンでできるところまでやって猫の手を借りるごとく計算機を併用する、というスタイルも悪くないのではないかと信じて今に至っている。」と語る。
谷山–志村予想のその後を横山さんにお聞きしました。
「ワイルズによって一部分が証明され、フェルマーの最終定理の解決をもたらした谷山–志村予想は、その後4名の数学者によって成り立つことが証明されました。」
「その証明には現代数論の最新のテクニックが縦横無尽に使われており、例え専門の大学院生であっても理解するのは難しいです。」
より詳しく知りたい方は・・・