膜の表面に酵素を固定して特定の分子を分離する人工膜において、これまで困難とされてきた膜の表面の正確な酵素量の測定に成功し、酵素量の違いによって酵素反応生成物の膜透過速度が変化することが分かった。酵素と膜の結合に従来使用されていた架橋剤を用いず、物理吸着という手法を使うことで可能となった。理学府化学専攻の武田さんらがChemistry Lettersに発表した。
膜表面にはごく小さな穴が空いており、溶液の中から特定の分子を集めるフィルターとして使われる。ある分子が膜を通り抜けることができるどうかは、膜がどんな電気的性質を持っているか、水と結合しやすいか、穴の大きさはどれくらいか、などの条件によって決まる。
一方、酵素とは様々な化学反応を触媒するタンパク質である。特定の基質分子と結合し、化学反応を起こして別の分子を生成する。
特定の分子のみと反応を起こす酵素と、特定の分子だけが通り抜けることができる膜を組み合わせて使うと、酵素と反応してできた生成物のうち目的とする分子のみを集めることができるようになる(図1)。
酵素を膜の表面に固定し、膜の片側に基質分子を入れると、基質分子が酵素と反応して複数の生成物ができ、そのうち目的の生成物だけが膜を透過する(図1)。そのため目的の生成物のみを取り出すことができる。このような性質から、固定化酵素膜は応用分野に広く利用されている。
酵素を固定した膜の性能を知るためには、膜の表面で酵素がどれくらいの速度で反応して生成物を作り出すか、また作られた生成物がどのような速度で膜を透過するかが重要となる。
そこでまず、膜の表面での酵素の反応速度に注目し、膜に固定された酵素の量を変えて、酵素反応の生成物の膜透過速度がどのように変化するか測定しようと試みた。
そのためには、膜に固定された酵素の量を正確に測定しなければならないが、これまでの人工膜の作成方法では、酵素と膜の結合に架橋剤と呼ばれる化学物質を使っていたため、架橋剤自身の量が影響して酵素量を正確に測ることができなかった。
そこで武田さんらは、架橋剤を使わず物理吸着という方法で酵素と膜を結合した。物理吸着とは、酵素と膜の間に働く分子同士が引かれあう力だけにたよって固定する方法である(図2)。
この方法を使うことで、酵素の量のみが異なる膜を作成することができ、固定された酵素量を正確に測ることが可能となった。
実験では、酸性ホスファターゼという酵素を、フッ素樹脂製の陽イオン交換膜へ物理吸着のみで固定し、膜の表面における酵素の量と酵素反応の生成物の膜透過速度の関係を測定した。
測定結果から、酵素反応の生成物が膜を透過する速度は、基質濃度に対して飽和曲線型の挙動を示していることがわかる(図3)。これは、膜透過速度が酵素反応速度の影響を大きく受けているからと考えられる。
このように生成物の膜透過は、酵素への基質の結合、生成物への分解、分子の拡散が組み合わさった結果であり、その速度は膜に固定された酵素量によって変わることが明らかになった。
武田さんらは現在、酵素分子を固定していないイオン交換膜を用いて、膜の基質分子、生成物分子に対する透過性についての研究を行っている。「今回、固定化された酵素量と透過速度の関係を詳しく調べることができることがはっきりしたので、今後、反応速度と分子の拡散速度がどの程度まで影響しあっているのかをさらに明らかにしていこうと考えている。」
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