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酸化チタン電極上で起こる逆分極熱電変換(

電極に吸着した水素イオンによる理論値と実験値の分極の''逆転''

著者

 近年、IoT 家電[1]やウェアラブル端末[2]の電源として、活用の難しい低温の熱エネルギーを利用した熱電変換thermoelectric conversionが期待されています。特にこの低温の熱エネルギーを電気エネルギーに変換する方法として可逆な酸化還元反応を利用する熱化学電池thermo-electrochemical cellsといわれる熱電変換手法が注目されるようになりました。そこで、私たちの研究室 (化学専攻 ナノ機能化学研究室) でこれまで研究してきたカルボン酸の電気化学的な酸化還元反応を応用して、資源量が豊富な酸化チタン体にも含まれている乳酸やピルビン酸といった生体親和性の高い材料を使った新しい熱化学電池を構築し、その性能の測定をしました。さらに、この熱化学電池の反応では熱力学的な理論とは逆転して反応が起こることを発見し、この逆転に電極上に吸着した水素が重要であることを明らかにしました。この研究成果は、Scientific Reports に掲載されています。

江口 弘人(⼤学院理学府 化学専攻)
構成:中島 涼輔(大学院理学研究院)

低温な熱エネルギーを利用できる熱化学電池

 現在、工場などから出される多くの廃熱が未使用のまま放出されており、この廃熱の有効利用として熱電変換が注目されています。この熱電変換thermoelectric conversion図1 のように熱エネルギーを電気エネルギーに変換する方法であり、廃熱を電気に変えることができます。しかしながら、特に 200 ℃ 以下の比較的低い温度の廃熱や、体温のようなさらに低い温度の熱に対しては、一般的な固体の熱電変換材料では大きな起電力を得ることができません。一方で、近年は IoT 家電やスマートウォッチのようなウェアラブル端末の電源として、低温な熱エネルギーを利用した熱電変換の登場が期待されています。そこで、可逆な酸化還元反応を利用した熱化学電池thermo-electrochemical cellsといわれる熱電変換手法が注目されるようになりました。実際に熱電変換の性能を表す指標として、温度あたりにどのくらいの起電力を得られるかを示すゼーベック係数Seebeck coefficient (\(S_\mathrm{e}\))[3]という数値がありますが、多くの固体材料のゼーベック係数の単位が µV/K 程度であるのに対して熱化学電池は mV/K と 1 〜 3 桁程度高い起電力が得られます。そこで私たちの研究室でこれまで研究してきた乳酸やピルビン酸の電気化学的な酸化還元反応を応用して、IoT 家電やウェアラブル端末の電源として使えるような熱化学電池として、資源量が豊富なチタンと、体にも含まれている乳酸やピルビン酸[4]といった生体親和性の高い材料を使った 図2 のような新しい熱化学電池を構築し、その性能の評価や反応中の状態の解明を行いました。

図1
図1熱電変換 熱エネルギーを電気エネルギーに変換する。

<dfn class="fig">図2</dfn>:<span class="qrinews-figure-title">熱化学電池の概要図</span> 乳酸の酸化反応とピルビン酸の還元反応のサイクルを利用することで、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する。<a href="#app1" class="link-to-lower-part"><cite class="article"><span class="i">Eguchi et al</span>. (2021)</cite></a> の図を改変。虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図2熱化学電池の概要図 乳酸の酸化反応とピルビン酸の還元反応のサイクルを利用することで、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する。Eguchi et al. (2021) の図を改変。


    著者この研究は、最初は九州大学の工学部の君塚研究室に所属されていた山田 鉄兵 先生 (今は東京大学) のグループとの共同研究から始まりました。これは私たちの研究室で研究していた酸化チタンを用いたカルボン酸の電気化学的な酸化還元反応と、山田先生たちが研究していた熱化学電池の知識が合わさって生まれた研究でした。

熱化学電池の原理

 今回構築した熱化学電池の原理について熱力学的な観点から詳しく説明します。熱化学電池は可逆な酸化還元平衡状態にある酸化体と還元体を用いるものですが、酸化還元平衡は平衡であるため、低温ではエンタルピー駆動[5]の方向に、高温ではエントロピー駆動の方向に平衡が移動します。ここで下のような酸化体 (A) が還元されて還元体 (B) となる反応を考えます。

\[\mathrm{A}\,+\,n\mathrm{e^-}\to\mathrm{B}\]

\(n\) は反応の電子数を表します。このときギブズエネルギー[6]の変化 (\(\Delta G\)) とエンタルピー (\(H\))、エントロピー (\(S\))、温度 (\(T\)) は次のような関係にあります。

\[\begin{align}\Delta G\,&=\,\Delta H\,-\,T\Delta S\,=\,-nF\Delta V\\S_\mathrm{e}\,&=\,\frac{\Delta V}{\Delta T}\,=\,\frac{S_\mathrm{B}-S_\mathrm{A}}{nF}\end{align}\]

ここで \(F\) はファラデー定数[7]、\(V\) は電位、\(S_\mathrm{A}\)、\(S_\mathrm{B}\) は A、B の部分モルエントロピー、\(S_\mathrm{e}\) は熱電変換の性能を示すゼーベック係数を表します。最後の式から分かることは、温度あたりに得られる起電力は、酸化体 A と還元体 B のエントロピーの差に比例するということです。

ピルビン酸と乳酸を用いた熱化学電池の理論値

 ここで今回構築した熱化学電池について理論的に考えます。今回は酸化体としてピルビン酸、還元体として乳酸を用いた熱化学電池であるため、次のような反応になります。

\[\underbrace{\mathrm{CH_3COCOOH}}_{\text{ピルビン酸}}\,+\,2\mathrm{H^+}\,+\,2\mathrm{e^-}\,\rightleftarrows\,\underbrace{\mathrm{CH_3C(OH)HCOOH}}_{\text{乳酸}}\]

熱化学電池は、この平衡反応の起こりやすさが温度によって異なることを利用して、反応式中の電子を取り出すことで電気エネルギーを取り出しています。この反応に対して熱力学的なパラメーターを用いて、この熱化学電池のゼーベック係数の理論値を求めると -2.20 mV/K と求まります。

熱電変換実験の結果と理論値との逆転の発見

 この実験では、図3 のような熱化学電池反応セルを構築しました。まず、H 字型のガラスセルにメッシュ状のチタンの周りに酸化チタンを成長させた電極とピルビン酸、乳酸の入った溶液を入れました。そして H 字型のガラスの片方を水浴で冷やし、片方の水浴を加熱することで電極の両側に温度差を作り、温度差に対して、どれだけの起電力が得られるかを測定しました。また、対照実験として、多くの反応に対して触媒活性が高い白金を用いた場合でも実験を行いました。

<dfn class="fig">図3</dfn>:<span class="qrinews-figure-title">熱化学電池の反応セルと電極の状態</span> H 字型のガラスセルに溶液を入れ、温度差を作った状態で、そのときの起電力を測定した。電極はメッシュ状のチタンの周りに酸化チタンを成長させている。走査型電子顕微鏡 (SEM) 像を見ると、金属チタンの周りに酸化チタンが成長できていることがわかる。図と写真は江口さんより提供。虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図3熱化学電池の反応セルと電極の状態 H 字型のガラスセルに溶液を入れ、温度差を作った状態で、そのときの起電力を測定した。電極はメッシュ状のチタンの周りに酸化チタンを成長させている。走査型電子顕微鏡 (SEM) 像を見ると、金属チタンの周りに酸化チタンが成長できていることがわかる。図と写真は江口さんより提供。


    著者最初は工学部の山田先生たちの実験室を借りて実験していたので、普段の研究室から遠い工学部のウエストゾーンの実験室まで毎週のように通って実験していました。

 得られた実験結果を 図4 に示します。図4 は横軸が温度差 (\(\Delta T\))、縦軸が得られた起電力 (\(\Delta V\)) であるため、温度差が大きくなると起電力が大きくなっていることから実際に熱電変換が起こることを発見しました。そして、この図の傾きがゼーベック係数に対応するのですが、驚くべきことにゼーベック係数は 1.40 mV/K と理論値と符号が逆転したゼーベック係数が得られました。このゼーベック係数の符号が逆ということは、熱力学的には高温側で酸化反応が、低温側で還元反応が進行すると予測されていたのに対して、実際には 図2 のように高温側で還元反応低温側で酸化反応が起こっているという反応の逆転が起こっていることを表しています。また白金電極よりも酸化チタン電極の方がゼーベック係数が大きく、高価な白金を使った電極よりも性能の高い熱化学電池が構築できたことも明らかになりました。

<dfn class="fig">図4</dfn> 実験で得られた電極間の温度差 (\(\Delta T\))と起電力 (\(\Delta V-V_0\)) の関係。\(V_0\) は温度差がない状態での電位差である。赤が酸化チタン (TiO<sub>2</sub>) 電極を、黒が白金 (Pt) 電極で実験を行った結果である。このプロットの傾きがゼーベック係数 (\(S_\mathrm{e}\)) を表す。<a href="#app1" class="link-to-lower-part"><cite class="article"><span class="i">Eguchi et al</span>. (2021)</cite></a> の図を改変。虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図4 実験で得られた電極間の温度差 (\(\Delta T\))と起電力 (\(\Delta V-V_0\)) の関係。\(V_0\) は温度差がない状態での電位差である。赤が酸化チタン (TiO2) 電極を、黒が白金 (Pt) 電極で実験を行った結果である。このプロットの傾きがゼーベック係数 (\(S_\mathrm{e}\)) を表す。Eguchi et al. (2021) の図を改変。


    著者熱化学電池の熱電変換を発見できたのですが、最初のころはゼーベック係数が逆転している理由がわからず、電極や条件を変えて実験を行っては、ディスカッションしながら研究を進めていきました。

計算化学による現象の解明

 ゼーベック係数の符号が逆転したという結果を説明するために、計算化学の DFT 計算[8]という手法を用いました。図5 のように DFT 計算によって各分子の振動エントロピーを計算すると、ピルビン酸と乳酸だけの場合の振動エントロピーの差は小さく負のゼーベック係数となることがわかりました。しかしながら、酸化チタン上に水素イオンが吸着している状態で、ピルビン酸と乳酸が吸着する場合の振動エントロピーを計算すると、その振動エントロピーの差は正のゼーベック係数に対応する値が求められました。これによって酸化チタンが反応への水素イオンの供給に重要な役割を果たしていることが明らかになり、熱化学電池において電極上での分子やイオンの吸着が極めて重要であることを初めて発見しました。

<dfn class="fig">図5</dfn>:<span class="qrinews-figure-title">計算化学によって求められた各状態の振動エントロピー</span> 酸化チタン (TiO<sub>2</sub>) 上にピルビン酸と水素が存在している状態と乳酸が存在している状態で大きなエントロピー差が生じており、このエントロピー差から計算したゼーベック係数の符号が実験値と一致することがわかった。図は江口さんより提供。虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図5計算化学によって求められた各状態の振動エントロピー 酸化チタン (TiO2) 上にピルビン酸と水素が存在している状態と乳酸が存在している状態で大きなエントロピー差が生じており、このエントロピー差から計算したゼーベック係数の符号が実験値と一致することがわかった。図は江口さんより提供。


    著者計算化学は広島大学の石元 孝佳 先生にお願いして、共同研究を進めていきました。多くの人が関わって、わからないことが次第に説明できるようになっていったのは、おもしろかったです。

熱化学電池の pH 依存性測定

 さらにこの発見を裏付ける実験として、水溶液の水素イオンの濃度つまり pH を変化させて、同様の実験を行いました。その結果が、図6 (a) です。得られたゼーベック係数は 図6 の (b) のように pH が大きい塩基性の条件ではゼーベック係数が小さい値であるのに対して、pH が小さい酸性の条件ではゼーベック係数が大きな値となるという実験結果が得られました。これは 図6 (c) のように pH が小さく水素イオンが多い状態では、水素イオンの受け渡しが影響した酸化還元反応が起こりやすい状態であるためゼーベック係数が大きくなり、一方で 図6 (d) のように pH が大きく水素イオンが少ない状態では、反応があまり進行しなかったためゼーベック係数が小さくなるという計算化学の説明を裏付ける実験結果が得られました。

<dfn class="fig">図6</dfn>:<span class="qrinews-figure-title">(a) 各 pH 条件における温度差と起電力の関係 (b) (a) のプロットの傾きから得られるゼーベック係数 (\(S_\mathrm{e}\)) と pH の関係 (c) 水素イオンの多い状態 (d) 水素イオンの少ない状態</span> (c) の状態では酸化チタン上に水素が多く吸着しているため反応が起こりやすく、高いゼーベック係数を示した。一方 (d) の水素イオンの少ない状態では酸化チタン上の水素が少なく反応が進まないため、ゼーベック係数が小さくなった。図は江口さんより提供。虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図6(a) 各 pH 条件における温度差と起電力の関係 (b) (a) のプロットの傾きから得られるゼーベック係数 (\(S_\mathrm{e}\)) と pH の関係 (c) 水素イオンの多い状態 (d) 水素イオンの少ない状態 (c) の状態では酸化チタン上に水素が多く吸着しているため反応が起こりやすく、高いゼーベック係数を示した。一方 (d) の水素イオンの少ない状態では酸化チタン上の水素が少なく反応が進まないため、ゼーベック係数が小さくなった。図は江口さんより提供。

まとめと展望

 私たちは生体親和性の高い酸化チタンやピルビン酸、乳酸を用いた熱電変換の一種である熱化学電池を初めて構築し、熱電変換とその性能を測定しました。さらに、この熱化学電池の反応では熱力学的な理論とは逆転して反応が起こることを発見し、この逆転が電極上での水素イオンの受け渡しと関わっていることを明らかにしました。この発見は熱化学電池において電極上での吸着が重要であるという初めての発見であり、この知見が、今後の性能の高い熱化学電池の発見や熱化学電池の実用化に繋がることを期待しています。

研究こぼれ話


著者初めて挑戦する熱化学電池だったため、当初はゼーベック係数の再現性がとれない場合があり、数十回の実験を繰り返しました。そのなかで、前処理の必要条件が明らかになり、苦労した結果、再現性がとれた結果が得られるようになりました。

著者この研究を行っている途中で山田先生が東京大学に栄転されたので山田先生の実験室で実験を続けられなくなり、途中で新しく自分たちの実験室で器具や測定機器などを準備して、実験を行いました。全く違う実験室でもしっかり再現性がとれた時は、胸をなでおろしました。

著者実験を始めた時期は、実験室で実験を行ったり、他の先生や学生たちと部屋でディスカッションできていたのですが、論文が査読されている段階で、新型コロナウイルスの影響があり Zoom を使ったオンラインでのディスカッションに変わったり、実験室に行けない日々があったりして苦労しました。

Note:

  • [1] IoT は Internet of Things の略で、インターネットと繋がった家電のことを IoT 家電と呼びます。ネットと繋ぐことにより、遠隔操作や稼働状況のモニタリングなどが可能になります。
  • [2] ノートパソコンやスマートフォンなどの持ち運べる端末とは異なり、腕時計や眼鏡などの形状をした身につけることが可能な端末のこと。
  • [3] 物体に温度差を与えると電圧が生じる現象をゼーベック効果Seebeck effect と呼び、温度差 1 K あたり何 V の電圧が生じるかを表す数値をゼーベック係数と呼びます。そのため単位は V/K です。1 μV/K = 10-3 mV/K = 10-6 V/K。
  • [4] ご飯を食べることで摂取されたグルコース (糖) は、細胞内で分解され、生きるために必要なエネルギーが取り出されます。この分解の際に、いくつかの有機化合物を経由し、この経路を解糖系といいます。乳酸とピルビン酸は、解糖系による生成物です。
  • [5] エンタルピーとエントロピーは、熱力学や熱化学を勉強すると登場する物理量です。簡単に説明すると、エンタルピーは化学反応によって生じる熱の計算に有用な量です。エントロピーは自発的な変化を考える上で重要な量で、分子などの配置が規則的かランダムかということと関係しています。エンタルピー駆動とエントロピー駆動の意味については、脚注6 をご参照ください。
  • [6] ギブズエネルギー \(G\) も熱力学において重要な量で、電池から取り出すことのできる電気エネルギーの計算や、化学変化が自発的に起こるかどうかを議論するのに役立ちます。少し詳しく説明すると、化学反応式の左辺と右辺のうち、ギブズエネルギーが小さくなる向き (\(\Delta G<0\)) に反応が進行します。下の \(\Delta G\) の式より、温度 \(T\) が低い場合は \(\Delta H<0\) の方向 (エンタルピー駆動)、温度が高い場合は \(\Delta S>0\) の方向 (エントロピー駆動) に反応が進むことになります。
  • [7] 電子 1 mol あたりの電気量で、電気素量とアボガドロ数のかけ算で求められます。\(F \simeq\) 9.65 × 10 4 C/mol。
  • [8] DFT は密度汎関数理論density functional theory の略。量子力学や量子化学に基づいて、物質中の電子の密度をコンピュータを用いて計算し、そこから物質のもつ様々な物理量を求める手法。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
Inversely polarized thermo‑electrochemical power generation via the reaction of an organic redox couple on a TiO2/Ti mesh electrode
著者
Hiroto Eguchi, Takashi Kobayashi, Teppei Yamada, David S. Rivera Rocabado, Takayoshi Ishimoto, Miho Yamauchi
掲載誌
Scientific Reports 11, 13929 (2021)
参考図書
熱化学電池について解説しているレビュー論文
Dupont, M. F., MacFarlane, D. R. & Pringle, J. M. Thermo-electrochemical cells for waste heat harvesting – progress and perspectives. Chem. Commun. 53, 6288–6302 (2017). (DOI: 10.1039/c7cc02160g)
研究室HP
ナノ機能化学研究室
キーワード
熱電変換、熱化学電池、酸化チタン、カルボン酸