地球上の全生命に共通する原材料のアミノ酸は、地球に落下した隕石からも検出されます。この地球外アミノ酸は隕石母天体上で非生物的に、具体的にはストレッカー反応などで合成されたと考えられてきました。有機宇宙地球化学研究分野の古賀さんと奈良岡教授は、隕石母天体の環境を再現したアンプル内で加熱処理のみによって非生物的アミノ酸合成が進むことを確認しましたが、このときストレッカー反応ではつくられない種類のアミノ酸もできており、アンモニアを伴うホルモース型反応が起きたことがわかりました。続いて、これらのアミノ酸が実際の隕石に含まれているどうかを確認するためマーチソン隕石試料を分析し、新たに7種類のヒドロキシアミノ酸と1種類のβアミノジカルボン酸が地球外でも合成されることを確認しました。研究成果はScientific Reportsに発表されました。
アミノ酸は、地球上のあらゆる生物の原材料のひとつです。生物は身の回りの資源を取り込んで自分や子孫のためのアミノ酸を合成します。つまり、生物の材料は生物がつくっています。それではおよそ40憶年前の初期地球に最初の生物が誕生したとき、その材料はなぜ、どのようにしてそこにあったのでしょうか。
この謎に迫り大きな成果をあげた最初の実験は、1952年のミラーの実験[1]です。当時大学院生だったミラーは、初期地球大気の主成分と考えられていた4種類のガス(メタンCH4、アンモニアNH3、水、水素)をフラスコに入れ、雷に似せた電気刺激などを与える実験を行いました。当時、このような実験でアミノ酸ができるまでいったい何年(何億年?)かかるのか誰にもわからなかったのですが、なんとわずか1週間後、フラスコの中に少なくとも5種類のアミノ酸ができていたのです。フラスコの中で進んだのはストレッカー反応だと考えられています。
しかし科学の進歩とともに初期地球の想像図は日々書き換わっています。現在ではその大気はCH4やNH3が多い還元的環境ではなく、今以上に二酸化炭素CO2や窒素酸化物NOxが多い酸化的環境だったという見方が主流です。ストレッカー反応は還元的環境下で進みやすく、酸化的環境下では進みません。
それでは酸化的大気をもつ初期地球になぜアミノ酸が存在したのかという疑問に対して、これまでに複数の仮説[2]が提案されてきました。そのひとつに地球外アミノ酸飛来説があります。この仮説を裏付ける事実として、炭素質コンドライトという種類の隕石には様々な生体・非生体アミノ酸が含まれていることが知られています。初期地球に落下した隕石から原始の海に溶け込んだアミノ酸が、地球上の最初の生命の材料になったのかもしれません。
地球外アミノ酸は事実として存在するわけですが、では、これらは隕石母天体[3]上でどのように合成されたのでしょうか。隕石母天体上に生命がいて合成したという可能性もゼロではありませんが、そうではなく非生物的に合成されたのだとしたら、そのときそこで起こった反応は今度こそストレッカー反応なのでしょうか。この疑問に端を発し、古賀さんと奈良岡教授は、隕石母天体の環境を再現したアンプルの中での非生物的アミノ酸合成について調べることにしました。
2015年、大学4年生だった古賀さんが奈良岡研究室で最初におこなった実験の手順は簡単で、ガラス製のアンプルにアンモニアと各種アルデヒドを溶かした水を入れ、窒素を封入して加熱するだけです(図1)。これらの物質は全て、隕石母天体に存在した可能性が高いものです。隕石母天体の温度についてはさまざまな説があり、20°Cという研究者もいれば80°Cという研究者もいます。今回は60°Cを選び、アンプルを6日間加熱し続けました。
アミノ酸が合成されたかどうかはニンヒドリン反応などによって調べられます。今回は、高感度でアミノ酸の種類を特定できるガスクロマトグラフィーという方法を用いました(後述)。
アンプル内には、特定できた分だけでも20種類のアミノ酸が合成されていました。意外なことにそのうち7種類は、今まで隕石から見つかったという報告のないアミノ酸で、さらにそのうち6種類はストレッカー反応では合成されないタイプのものでした。隕石母天体の環境に似せた古賀さんのアンプルの中では、ストレッカー反応とは異なる反応が起こっていたのです。
これら7種類のアミノ酸のうち6種類はヒドロキシアミノ酸というグループに分類されるもので、残り1種類はβ-アミノジカルボン酸の一種です(図2を参照)。考察の末、アンプル内で起きた反応は一種のホルモース型反応[4]だという結論にたどり着きました。そこで引き続き、隕石母天体上で実際にこの反応が起きた可能性があるかどうか、その痕跡(つまり7種類のアミノ酸)を隕石試料に探りました。
オーストラリア南東部、メルボルンから内陸に100kmほど行ったところにマーチソンという名の村があります。1969年9月28日11時前、村の上空でひとつの火球がきらめきました。火球は3つに分かれて消え、空に煙がたったかと思うと30秒後には爆音が鳴り響き、地面にはたくさんの隕石が落ちてきました。このマーチソン隕石はすみやかに適切な方法で回収され、分析の結果、珍しい炭素質コンドライト型だということがわかりました。人類は幸運にも、希少タイプの隕石の良質な試料を、大量に手に入れたのです。
大量とはいっても本当に限りある試料ですから、世界中の研究者が必要に応じて少しずつ使っています。マーチソン隕石からはこれまでの約50年間で多くの研究者によって80種類をこえるアミノ酸が検出されてきました。調べ尽くされたかに見えるこのマーチソン隕石から新たに、古賀さんのアンプルで合成されていたアミノ酸は出てくるのか、貴重な試料をつかった分析が始まりました。
隕石についているアミノ酸をとるには、隕石を粉々にして、100°Cの熱水で20時間煮込む[5]だけです。多くのアミノ酸はこのスープの上澄み部分からよくとれるので、一般には上澄みを回収します。しかし今回は上澄みだけでなく、濁った残渣部分も回収して図2、それぞれをガスクロマトグラフィーにかけました。ヒドロキシ基は鉱物や無機物のケイ素と強い結合をもつことが知られており、古賀さんたちは、今回主に注目しているヒドロキシアミノ酸の相当量が不溶性のケイ素と強く結合して残滓部分にとどまっているのではないかと考えたのです。
この予測は大当たりで、ヒドロキシアミノ酸のいくつかは上澄み部分からは定量不可能、または、ほかのアミノ酸に隠されてしまって検出困難だったのに対して、残渣からはとても明確に検出されたのです。さらに、マーチソン隕石から今回検出されたヒドロキシアミノ酸のうち1種類は、古賀さんのアンプルの中からは検出されていなかったものでした。まさに期待以上の成果を得たといえるでしょう。図3にまとめたように、計8種類のアミノ酸が、新たに地球外アミノ酸のリストに加わることになりました。
古賀さんはなぜ、50年以上もの間、徹底的に分析されてきたはずのマーチソン隕石で新発見ができたのでしょうか。これまでの研究者はなぜ、これらのアミノ酸を見逃していたのでしょうか。その理由にせまるため、実際に研究者がどのような作業をしているかを詳しく見てみましょう。
隕石試料は、数百、数千種類の物質からなる混合物です。本当はそれらすべての名前を知りたいのですが、ガスクロマトグラフィーという方法が直接教えてくれるのは「この混合物試料に、ある特定の純物質は含まれているか」ということだけです。そこで「あの物質は含まれているか」「この物質は」と、しらみつぶしに候補を調べ、ビンゴさせていくしかありません(図4は、隕石試料にグリシンが含まれているかどうかを調べた図)。このとき具体的には、候補ひとつひとつの純物質試料を用意して、混合物試料と同条件でガスクロマトグラフィーにかけるため、時間や労力、お金もかかります。そこで多くの研究者は混合物試料のデータをよく見た上で、さらに先行研究や自らの仮説に基づいて、または無意識に、候補をある程度限定しているのかもしれません。たとえば「ほかの隕石から検出されたことのあるアミノ酸(だけ)を、今回はこの隕石で調べよう」というように。
古賀さんは「自分は初心者だったためただひたむきにデータに向き合ったことが、今回の新発見につながったのだと思う」と語ります。経験が足りない分、先入観なしにアンプル試料から得られた波形データをじっくり検討して候補を定めていった結果、誰も予測していなかったヒドロキシアミノ酸とβ-アミノジカルボン酸という候補(そしてビンゴ)にたどり着くことができました。
さらに、候補のアミノ酸のなかには薬品会社が取り扱わないようなマイナーなものも含まれていました。そんなときはレシピを探してきて自分で合成しました。このような努力も、今回の新発見には必要不可欠だったのです。
私が理学部地球惑星科学科に進学しようと決めた理由は、「何かスケールの大きいことを勉強してみたい!」ととても漠然としたもので(笑)、正直、中学校以来勉強してこなかった地学をメインに勉強するということしか知りませんでした。しかし、講義で扱うテーマはどれも壮大で好奇心を掻きたてるもので、文字通り地球の底から宇宙の果てまで様々なことを学ぶことができました。そして、現在は指導教員である奈良岡先生の講義で、「生命の起源は宇宙にあるかもしれない」という時空を股にかけたロマンに溢れる話に心を奪われ、研究室配属希望を決めました。
この研究室で、新たな隕石アミノ酸を見つけることができましたが、それはとにかく自分の出したデータに真正面から向きあったからだと考えています。アミノ酸を探すためのデータ解析はパズルを解くようなもので、四六時中その解読にだけ没頭しました。また、そもそも隕石試料というのは非常に貴重で、ほしいからといって簡単に手に入るものではありません。ましてや、それを研究ど素人の学部生に分析させるというのは日本全国の大学の中でもそうそうないと思います。
これから大学受験を考えている学生で、「なにかスケールの大きいことを勉強したい!」という方へ。九州大学理学部地球惑星科学科には、あなたの琴線に触れる壮大なテーマとそれを叶えられる充実した環境があります。研究は楽しいです!
Note:
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