植物の葉の色は、光や温度環境、ストレスなど、様々な要因に応じて変化するため、植物の健康状態や環境応答性を反映する指標になります。生物科学部門の松田助教らはハイパースペクトルカメラと呼ばれる撮影装置を用い、視認が困難な微小な葉色変化や葉に含まれる植物色素の量や組成を、画像から定量的に解析する技術を開発しました。本研究の成果はPlant and Cell Physiologyに掲載されました。
日常生活において『顔色』と表現するとき、何を連想するでしょうか。『顔色』が悪い人を見かけたら「体調が優れないのでは?」と心配になります。ところが、顔色から健康状態を診断する技術は実用化されていません。また、生物科学においても生きた状態で『色』を評価する技術の活用は進んでいません。
植物の体色の変化は多彩で、紅葉や花色などの色鮮やかな変化や陽葉と陰葉のような環境に適応した変化が見られます。こうした色の変化を感知する技術を確立すれば、植物の環境応答メカニズムの解明に大きく貢献できると期待されます。
今回の研究では、人間の目ではわからない様なわずかな色の違いを見分ける撮影装置と解析システムを開発しました。このシステムを用いて見た目では識別が困難な突然変異体を解析し、色の違いを強調する事で3系統の突然変異体を見分ける事に成功しています。
植物の葉が緑色に見えるのは何故でしょうか。それは、葉に多く含まれる光合成色素であるクロロフィルが、緑色よりも赤色や青色の光を効率よく吸収するためです。つまり、吸収されずに残った緑色の光(反射光)を見ているのです。秋に色づく樹々の内側ではクロロフィルが分解されるため、カロテノイドの黄色やアントシアニンの赤色を見ている事になります。
従来、葉に含まれている色素の分量を調べるには、葉をすり潰して色素を抽出し、化学的手法により測定するしかありませんでした。葉を破砕せずに測定できるようにするために、人工衛星や航空機による地球観測(リモートセンシング)の分野で利用されている技術を用いました。その結果、生きた組織を直接測定して葉に含まれる色素量を調べられるようになりました。
本研究では、撮影ユニット(図2左側)から解析ソフトまでのシステムを制作しました。このシステムを用いて植物科学におけるモデル種であるシロイヌナズナを測定し、葉に含まれる色素量を画像データから調べられる事を確かめられました(図2右側)。
私たちが目で見る光は、光の波長がおおよそ400〜760ナノメートル(10−9 m)の範囲にある可視光と呼ばれるものです。これは、ガンマ線(波長10ピコメートル〈10−12 m〉以下)から電波(たとえばVHFであれば1〜10メートル)に至る多様な光(電磁波)のうちのごく狭い範囲です。生物を形成する化学成分でも多くは無色で、色をもつ成分はごくわずかです。
もし私たちに赤外光(特に1〜2.5マイクロメートル〈10−6 m〉の近赤外光)を見られる目があれば、水を含む多くの生体物質はそれぞれ固有の色をもつことになるでしょう。この普通では見えない色を特殊なカメラで撮影すれば新しい世界が広がります。例えば、普通に見るとただの白い粉に見えるアミノ酸も、特殊なカメラなら様々な色で見る事ができます。また、含まれているアミノ酸成分の違いも区別することができます(図3)。
松田助教は「色素を対象としてハイパースペクトル画像の解析法を確立しました。将来的には糖や窒素成分など、植物の成長を大きく左右する物質の、生体内における流れを可視化できればと夢見ています。」と話しています。
図1で見分けた突然変異体のうちの1系統は、細胞内における葉緑体の光定位運動にかかわるJAC1という遺伝子に機能欠損を引き起こす突然変異が含まれていることがわかりました。これは、ハイパースペクトルカメラで細胞内における葉緑体の位置の違いを検出できたことを意味しています。
なお、この遺伝子(JAC1)を最初に見つけたのは、偶然にも同じ生物科学部門の和田研究室に所属する末次憲之特任助教です。葉緑体運動の研究においてハイパースペクトルカメラを活用するアイデアについて、議論に花を咲かせています。
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