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ハコネナラタマバチの正体(

虫こぶ形成昆虫ハコネナラタマバチの正体、生活史を解明

これまでカリリティス属に分類されてきた虫こぶ形成昆虫のハコネナラタマバチが、実はアンドリクス属であることが分かった。ハコネナラタマバチの形態と虫こぶの特徴を再調査した結果、明らかとなった。和智さんらがAnnals of the Entomological Society of Americaに発表した。

和智 仲是(システム生命科学府)

種の記載とホロタイプ

地球上に数百万種から数千万種いると言われる生き物を整理するため、同じ種に分類される生き物には世界共通の名前である学名がつけられる。学名は属名種小名の二語で表され、例えば現代人の学名「ホモ・サピエンス」は、ホモが属名、サピエンスが種小名である。種を新たに記載して学名をつけるには、その種の形態、生息環境、行動、食性などの情報と、一匹の標本が必要となる。この標本はホロタイプと呼ばれ、その種の学名を担う唯一絶対で学術的価値のある標本となる。

ハコネナラタマバチの学名は記載ミス?

ところがすでに学名がつけられているものの中には、形態や行動の情報があいまいであったり、本当は同じ種なのに別の種として二重に記載されているものがある。このように分類が疑問視されている種の中に、ナラタマバチの一種ハコネナラタマバチがあった。

図1
図1一般的なナラタマバチの生活環 単性世代と両性世代では、成虫の形態や虫こぶの形状が大きく異なる。

ナラタマバチの仲間は、オスとメスの両方がいる両性世代とメスしかいない単性世代を交互に繰り返し、メスが卵を産みつけた植物組織は、ハチの幼虫の刺激を受けると異常に発達した虫こぶになり、ハチはその中で成虫まで過ごす(図1)。ハコネナラタマバチは、両性世代と単性世代では成虫や虫こぶの形が著しく異なるが、およそ百年前にカリリティス・ハコネンシスという学名で記載されたときには、単性世代の個体だけしか記されていないうえ、虫こぶの形について何も記載されていないなど内容が不十分なものだった(図2)。さらに、ハコネナラタマバチと非常によく似た虫こぶを作る、アンドリクス・シンビオティクスとアンドリクス ・アトラクトゥスというハチがロシアにいることが知られていたため、ハコネナラタマバチはカリリティス属ではなく、アンドリクス属の一種なのではないかと考える研究者もいた。

図2
図2ハコネナラタマバチが抱える分類学的問題

ホロタイプの再検証によりハコネナラタマバチの正体が明らかに

そこでシステム生命学府の和智さんらは、ハコネナラタマバチの正体を明らかにするために次の三つの研究を行った。(1) 国立自然史博物館(アメリカ合衆国)に所蔵されているホロタイプの形態を直接調査し、現在の属名カリリティスが正しいかを調べる。(2) 飼育によって両性世代の標本と単性世代の標本が対応づけられているハコネナラタマバチ標本(九州大学総合研究博物館の桝田標本)のうち、単性世代の標本とホロタイプを比較し、桝田標本の正確さを確認した上で両性世代の記載を目指す。(3) アンドリクス属2種の記載文とハコネナラタマバチの標本を比較し、別種かどうかを確認する。

(1)の調査では、ホロタイプにカリリティス属がもつ形態的特徴は見られず、その代わりにアンドリクス属がもつ形態的特徴が見られた。つまり、ハコネナラタマバチはカリリティスではなくアンドリクスに属することを意味する。さらに(2)により、桝田標本の単性世代のものはホロタイプと同じ形態をしていたため、桝田標本の両性世代の特徴である「春にコナラやカシワなどの葉の主脈にできる虫こぶから羽化する」という特徴が記載できることとなった。また(3)により、ホロタイプの形態とアンドリクス属2種の記載の間に明確な違いはなく、アンドリクス属の2種はハコネナラタマバチの同物異名(同一種に異なる学名がつけられること)であることが明らかになった。

表1ハコネナラタマバチの単性世代と両性世代
表1

ハコネナラタマバチは日本各地に分布する普通種であるにも関わらず、本研究までその正体が明らかでなかった。和智さんは、「日本のタマバチのほとんどは、その存在は知られているが学名がついていないなど、分類学的問題を抱えている。」と語る。「今回のような研究をさらに進めていけば、未解明な部分が多い日本のナラタマバチ相の解明が期待できる。」

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
Taxonomic Status of the Oak Gall Wasp Callirhytis hakonensis (Hymenoptera: Cynipidae), with Description of the Sexual Generation
著者
Nakatada Wachi, Yoshihisa Abe
掲載誌
Annals of the Entomological Society of America 103:322–326 (2010)
研究室HP
進化遺伝学研究室
キーワード
分類学、虫こぶ、ナラタマバチ、生活環