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数学で導くハイブリッド車の最適な制御(

ハイブリッド車を制御する新たなアルゴリズムを開発

著者

ハイブリット車の開発現場では、モデルベース開発 (MBD) が主流となっています。MBD ではシミュレーション上に車を再現して、テストコースを走行させることで燃費性能を測ります。その際に、車の性能を最大限に引き出すようにシミュレータを制御することが重要となります。従来はシミュレータの制御法を人の手でチューニングしており、シミュレータの一つ一つに対して手作業で制御を最適化してきました。しかし、この方法にはかなりの時間がかかり、またシミュレータが新しくなるごとに再調整しなければならないという問題を抱えていました。そこで我々は、シミュレータ制御の最適化を「グラフ上の制約付き最短経路問題」という数学の問題に焼き直し、その問題を解くプロセスを自動化することで、従来よりも高速で汎用的なアルゴリズムを開発しました。研究成果は IFAC-PapersOnLine に掲載されました。

立岩 斉明(数理学府数理学専攻)
構成:石井 優大 (理学研究院)

ハイブリッド車の新車開発に向けて

燃費がよく環境にもやさしい自動車として、ハイブリッド車が注目を集めています。ハイブリッド車とは、一般に 2 種類以上の動力源を持つ自動車を指しますが、日本でよく見かけるのは「ガソリンエンジン」と「電気モーター」を併用した電気式ハイブリッド車hybrid electric vehicle (HEV) です。1997 年にトヨタ自動車が初代プリウス™ (図1) の販売を開始するのを皮切りに、現在では各自動車メーカーが HEV 車の開発・販売を精力的におこなっており、新車の 5 台に 1 台は HEV 車であるとまで言われています。

図1
図1初代プリウス Wikimedia Commonsより引用。

モデルベース開発

HEV 車の燃費性能は、パワートレインと呼ばれる動力伝達装置で決まります。近年ではモデルベース開発model based development (MBD) という手法が導入され、パワートレインの開発が従来よりもはるかに効率的になってきました。MBD とは「パソコンの中で車を再現し、試走させて燃費の良さを測るシステム」です (図2)。この手法を用いれば実機を作る前に性能をテストすることができ、膨大な試作候補からより燃費性能が良いパワートレインを絞り込むことができます。

<dfn class="fig">図2</dfn>:<span class="qrinews-figure-title">MBD 開発の概念図</span>虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図2MBD 開発の概念図

MBD の手順は次のとおりです。

  1. シミュレーション上に車両を再現
  2. 定められた速度データ (Driving Cycle) に従うように車を制御
  3. 燃料の消費量から性能を評価

とくに重要となるのが、(2) におけるシミュレータの制御法、言うなれば「ドライバーの上手さ」です。HEV 車ではエンジンとモータの上手な使い分け[1]が燃費に直結します。そのため、いくら性能がいいパワートレインを使っても、それを引き出すような制御ができなければ悪い評価を与えてしまいます。したがってパワートレインの性能を正確に評価するためには、シミュレータの性能を最大限に引き出すような制御法を求めることが必須です。

シミュレータ制御の難しさ

しかし、最適な制御法を見つけることは簡単ではありません。エンジンとモーターの同時制御だけでも複雑であるのに、バッテリーの残量にも気をつけなければなりません。エンジンの始動システムやエアコンなどの電子機器のために、最低限のバッテリーは残しておく必要があります。また、Driving Cycle 走行前後でバッテリー残量は等しくなければならないというルールもあります。これらの拘束条件が、制御法の最適化をますます難しくしています。

従来の方法では、人の手によるチューニングでこの困難を回避してきました。しかし、たった一つのパワートレインを調べるのに 2 〜 3 日もの時間がかかり、車両を変えるごとに調整が必要だという汎用性の無さが問題視されていました。新車の開発段階では大量のパワートレイン候補を評価しなければならず、またパワートレイン自体も年々複雑化している昨今、より効率的な制御法を自動的に見つけるしくみ (アルゴリズム)が求められています。そこで我々は、最適化の問題をグラフ上の制約付き最短経路問題という数学の問題に焼き直し、その問題を解くプロセスを自動化することで、従来よりも高速で汎用的なアルゴリズムを開発しました。

研究内容

本研究の目標は、パワートレインを模したシミュレータに対して「効率的」な制御法を「自動的」に見つけるアルゴリズムを開発することです。そのためにはまず、シミュレータの制御を数学的に定義しなければなりません。

シミュレーションの制御パラメータと最適化問題

シミュレーションの内容は、ドライバーの頭の中とまったく同様です。私たちが運転するときには、ある一定時間ごとに車の状態を読み取って、次に加速や減速が必要ならばブレーキやアクセルを踏むか判断し、車を望ましい状態へと導いています。運転とはこの手順の繰り返しです。シミュレーションでも同じように Driving Cycle を分割して、各区間ごとに制御をおこないます (図3)。

図3
図3シミュレーションの概念図

シミュレーションにおける入力パラメータは「エンジンやモータのどちらを使うか、どれくらいの時間で駆動するか」や「シミュレータへの目標トルク値 (エンジンやモータが出す力)」であり、これのパラメータを区間ごとに変化させることで車両の状態を遷移させています。

効率のよい運転とは、燃料の消費をできるだけ抑えた運転だと考えられます。したがってシミュレータを効率的に制御するという問題は、「エンジンやモーターの駆動時間などを入力パラメータとして燃料の消費量を最小化する」という数学の最適化問題optimization problemとして捉えることができます。バッテリ残量などを一定以上に保つという制約もあるため、この問題は制約付きの最適化問題constrained optimization problemに分類されます。

車両の状態遷移を「グラフ」で表す

この問題を解くのは一筋縄ではいきません。区間ごとに入力パラメータがあり、その組み合わせは無限に多くあるため、パラメータを総ざらいして最良の制御法を見つけることは不可能です。そこで我々は、数学的に保証された方法でパラメータの探索領域を減らし、計算の無駄を省きました。具体的には、各区間における車の状態遷移をグラフ[2]で表現し、考えている問題を「グラフ上の制約付き最短路を求める問題」で近似させました。

図4 (a) にグラフの一例を示します。グラフの各点は、図3 の各区間における車両状態に対応します。たとえば「HV モードがオンで、ガソリンが残りいくらで、充電残量がいくらで...」といったように定義されています。ある点から右隣にある点へ移ることは、ある区間から次の区間へと車両が移動することを意味します。

図4
図4グラフの例 (a) 基本的なグラフ。水色の点は「モーターのみで走行する場合 (EV モード)」を表し、黄色の点は「エンジンとモーターの両方で走行する場合 (HV モード)」を表す。(b) グラフの枝が制限される例。

ここでポイントとなるのが「区間から区間へと順番に問題を解くことで、パラメータの探索領域を削減できる」ということです。なぜならば、ある点が定まると次に移れる点が絞り込まれるからです (図4 (b))。たとえば減速したい区間では、ガソリンを使うような点に移ることは許されません (経路 1)。またバッテリー残量をある程度残す必要があるため、EV モードから EV モードへの遷移も制限されます (経路 2)。このような制限を考慮しながら許される状態量遷移のパターンをいくつか計算してみると、図5 のようなグラフが得られました。

<dfn class="fig">図5</dfn>:<span class="qrinews-figure-title">得られたグラフ</span>虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図5得られたグラフ

あとは各区間ごとの結果をつなぎ合わせたときに、最良となるようなつなぎ方を求めれば最適解を得ることができます。バッテリー残量を一定以上に保つといった条件が加わっているので、グラフ上の制約付き最短路問題を解くことになります。一般に、グラフ上の制約付き最短路問題は NP 困難[3]であることが知られています。この問題を効率的に解くアルゴリズムは知られていないため、計算には何らかの工夫が必要になります。そこで我々は 0-1 整数線型計画法0-1 integer linear programmingにより定式化をおこない、線型計画ソルバーと呼ばれるソフトウェアを用いて解いてみたところ、短時間で最適解を求めることができました。

アルゴリズムの概要

我々の提唱したアルゴリズムは、4 つの STEP で構成されています (図6)。

図6
図6アルゴリズムの概要

STEP 1 では入力パラメータを設定します。STEP 2 では車の状態遷移をグラフとして表現し、近似によって計算時間を削減します (詳しくはこちら)。STEP 3 ではグラフを構成します。最後の STEP 4 では構成したグラフ上で制約付き最短路問題を解きます。これらの工程は数学的に定義されており、コンピュータを使うことによって自動的に処理することができます。

研究結果と考察

シミュレーションの結果

トヨタ自動車様から提供していただいたハイブリッドシミュレーターを用いて、アルゴリズムの検証をおこないました。バッテリー残量の制約をうまく考慮できているか調べるため、今回は走行開始時のバッテリー残量が異なる 2 パターンを考えました (図7)。

<dfn class="fig">図7</dfn>:<span class="qrinews-figure-title">シミュレーションの結果</span> (<dfn class="figsub">a</dfn>) 走行前後のバッテリー残量と消費燃料。(<dfn class="figsub">b</dfn>) エンジントルク値、消費燃料、バッテリー残量の時間変化。バッテリー残量が減っている区間が、モータを使っている区間に対応する。またエンジントルク値が正となる区間が、エンジンを使っている区間に対応する。虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図7シミュレーションの結果 (a) 走行前後のバッテリー残量と消費燃料。(b) エンジントルク値、消費燃料、バッテリー残量の時間変化。バッテリー残量が減っている区間が、モータを使っている区間に対応する。またエンジントルク値が正となる区間が、エンジンを使っている区間に対応する。

パターン 1 では走行開始時のバッテリー残量を 16.3% とし、パターン 2 では 12.0% としています (それぞれオレンジ色と青色で描写しています)。今回の検証では、バッテリー残量が 10% を下回らないように制限しています。図7 (b) における黒い線が Driving Cycle の速度データを表しています。

まず 図7 (a) のバッテリー残量に注目すると、どちらのパターンにおいても走行開始時と終了時のバッテリー残量がほぼ揃えられており、我々のアルゴリズムがうまく機能していることが見て取れます。
次に 図7 (b) にあるバッテリー残量の時間経過をみてみると、全体的なふるまいは 2 つのパターンでそれほど違っていませんでした。しかし、200 秒付近では明らかな違いが見られます。この時間帯での Driving Cycle を見てみると山なりになっており、この区間では加速から減速へと移っていることがわかります。加速時にはエンジンとモータのどちらを使うかという選択肢がありますが、パターン 1 ではモータを使い、パターン 2 ではエンジンを動作させていることが分かります。パターン 2 では開始時のバッテリー残量が 12% と少なく、モータを使うとバッテリー残量が 10% を下回ってしまうため、バッテリーを充電するために仕方なくエンジンを動作させていると理解できます。こういった加速・減速の頻ぱんな繰り返しは、街中を走るときによく見られます。したがって、我々のアルゴリズムによって繊細な制御を実現できたということは、生活スタイルに合わせた柔軟な制御へとつながる重要な成果です。

計算の高速化

今回の計算で特に時間がかかった部分は、グラフにおいて各区間での枝 (車両の状態量遷移のパターン) を決定するところです。

<dfn class="fig">図8</dfn>:<span class="qrinews-figure-title">もとのグラフ (上図) と削減されたグラフ (下図)</span>虫眼鏡をもったきゅうりくん@右下
図8もとのグラフ (上図) と削減されたグラフ (下図)

上のグラフがもともとのグラフです。解きたい問題を近似した部分問題を用いることで、不必要な枝の計算を省略するように工夫したところ、下のグラフが得られました。驚くべきことに 97.16% もの枝が削減されています。もちろん枝を削減する処理自体にも計算時間はかかるのですが、状態量遷移のパターン数が圧倒的に少なくなるので、アルゴリズム全体で 4 倍ほど処理時間を高速化することに成功しました。

まとめと展望

今回の研究ではシミュレータの制御に注力してきましたが、将来的にはリアルタイムでの最適制御によってドライバーを補助することも視野に入れています。上記アルゴリズムにより、あらかじめ与えられた 1 時間程度の Driving Cycle 上の制御法を、5 時間ほどで計算できています。つまり、このアルゴリズムは将来 1 時間の速度変化の情報を入力してはじめて、その 1 時間分の制御法を計算することができます。一方、リアルタイム制御の場合には、将来の速度変化が分からない状況で制御する必要があるため、新たな拡張が必要となると考えられます。またドライバーによって運転の荒さなど特徴が異なるため、ドライバーに適した車両制御を見つけることにも興味があります。

研究こぼれ話


著者制御理論やハイブリッド車の構造などは、ほぼ知らない状態から研究が始まりました。そのためトヨタ自動車の方と打ち合わせを重ねて、様々なことを教えていただきながら研究を進めていきました。

著者また研究室の先生や学生達と議論を行いながらアルゴリズムのアイデアを詰めていきました。数学は孤独な学問と思われがちですが、そうではない一面を感じることができました。

Note:

  • [1] HEV 車の燃費が良い理由は、ガソリンと電気の良いとこどりをしたエネルギー運用にあります。発進時には電気モーターを使うことで、エネルギーロスを少なくします。また減速時には車輪の回転をモーターへと伝えることで発電し、運動エネルギーを電気エネルギーとして回収します。中高速時ではより効率の良いガソリンエンジンに切り替えつつ、余ったエネルギーで発電します。このように、エンジンとモーターの短所を補い合うように「モーターのみで走行する場合」と「エンジンとモーターの両方で走行する場合」とをうまく使い分けることで、HEV 車はエンジン自動車よりも高い燃費性能を達成しています。
  • [2] 数学におけるグラフとは、点とそれらを結ぶ枝からなるデータ構造を指します。枝は点と点と関連具合を表します。例えば鉄道の路線図では、駅が点、駅と駅を結ぶ路線が枝として表現されます。
  • [3] まだ証明されていませんが、多くの数学者が信じている「P ≠ NP」が成り立つならば、NP 困難に属する問題は多項式時間で解けません。つまり、問題の大きさ、今回でいうとグラフの点や枝の数が増えるにつれて、求解にかかる時間が爆発的に増えるということになります。要するに解くのにとても時間がかかる問題であるといえます。例えば、ぷよぷよ™というゲームについて、落ちてくるぷよ列を知っている状況で、k 連鎖を作ることが可能かを判定する問題は NP 困難な問題です。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
Hybrid Vehicle Control and Optimization with a New Mathematical Method
著者
Nariaki Tateiwa, Nozomi Hata, Akira Tanaka, Takashi Nakayama, Akihiro Yoshida, Takashi Wakamatsu, Katsuki Fujisawa
掲載誌
IFAC-PapersOnLine 51:201–206 (2018)
研究室HP
藤澤研究室
キーワード
パワートレイン、シミュレータの制御アルゴリズム、最適化問題、グラフ理論、制約付き最短路問題