磁石に特定の周波数のマイクロ波をあてると、電子スピンの動力学的運動が継続的に誘起されて磁石の内部エネルギーが増大する、強磁性共鳴と呼ばれる現象が起こります。固体電子物性研究室の山野井一人さん(写真左)・横谷有紀さん(右)らの研究グループは、強磁性共鳴時の微小磁石の温度変化を測定する技術を開発し、強磁性共鳴によって増大した内部エネルギーが最終的に磁石自身の発熱を引き起こすことを明らかにしました。この研究成果はApplied Physics Lettersに掲載されました。
共鳴は身近にありふれた物理現象です。例えば、ブランコに乗った人の背中をある一定のテンポ(そのブランコの固有周波数)で押すことで、弱い力でも大きく揺らすことができたという経験をお持ちの方も多いかと思います。磁石にも、強磁性共鳴と呼ばれる物理現象があります。磁石にマイクロ波をあてると、磁石の電子スピンが揺らされスピンの動力学的運動が生じますが、特にマイクロ波の周波数が電子スピンの固有周波数と一致した場合に強磁性共鳴が起こります。強磁性共鳴の下では、マイクロ波のエネルギーを効率よく吸収することで電子スピンの動力学的運動が継続的に誘起され、磁石の内部エネルギーが大幅に上昇します。
強磁性共鳴によって増大した磁石の内部エネルギーは熱に変換され、最終的に磁石自身が発熱すること(強磁性共鳴加熱効果)が予測されます。しかし、この効果による温度上昇は無視できるほど小さいと考えられてきました。これらの考えが正しいかどうかは磁石の温度上昇を測ればわかることですが、実測には技術的な困難が伴うため、不明のままでした。共鳴による発熱を適切に評価するためには、その他の物理現象による温度変化をできるだけ抑える必要があります。この問題の解決策として、とても小さな磁石を用いることが考えられます。しかし今度は、そのような微小磁石の温度をどのように測るのかという問題が生じます。サーモグラフィで簡単に測ることができると思うかもしれませんが、1mm以下の微小な金属のわずか数度程度の温度変化を検知できる高性能なサーモグラフィは非常に高価で簡単には手に入りません。そこで研究グループでは、金属が高温になるほど電気抵抗が高くなるというよく知られた性質を利用し、比較的安価な銅板・ガラス基板を用いた温度測定技術を開発し、共鳴時の磁石の温度変化を定量的に見積もることに成功しました。
実験に用いた試料は、ガラス基板に温度を測りたい微小な磁石(今回は鉄・コバルト・アルミから成る磁性合金)を作製し、その上に銅板を覆いかぶせたものです(図1)。この試料にマイクロ波を照射しながら、電気抵抗を図2に示す回路で測定したところ、共鳴による電気抵抗値の大幅な上昇を検出しました。抵抗値の上昇は銅板の温度上昇を意味し、強磁性共鳴による磁石の発熱効果の観測に成功しました。また銅板の電気抵抗の変化から、磁石の発熱量を定量的に見積もることも可能です。
次に、マイクロ波の周波数を固定し、照射強度のみを変えて温度上昇との関係を調べました。すると、温度上昇は磁石にあてるマイクロ波の強度に比例して増大し、標準的なWi-Fi電波と同程度の強度である0.2Wのマイクロ波によって、磁石の温度は15度近くも上昇することがわかりました(図3)。水分子を振動させてものを加熱する電子レンジが極めて強いマイクロ波(数百~千数百W)を必要とすることと比べると、強磁性共鳴加熱効果がとても効率的だということがわかります。
太陽・照明光や橋げたの振動など身近に存在する小さな物理エネルギーを電力へと変換して利用するエナジーハーベスティング技術(直訳すると「エネルギーを収穫する」技術)は、充電不要の電力供給を可能にすることからウェアラブルデバイスやIoTデバイスなどへの応用が期待されています。通信用電波も、身近に存在する物理エネルギーのひとつで、たとえばWi-Fi電波はマイクロ波です。微弱な電波から実用的な電力を得るためには、電気(電流)・磁気(スピン流)・熱(熱流)を結びつける様々な相互作用の原理と性質を理解することが必要で、強磁性共鳴加熱効果はそういった相互作用のひとつです。さらに、最近、磁石と非磁性金属を接合した系で、接合面に温度差があればスピン流を取り出せることが分かってきました(熱スピン注入)。本研究成果である強磁性共鳴を用いた加熱手法と熱スピン注入を組み合わせ、さらにスピン流を電流へと変換すれば、理論上はマイクロ波を電力に変換できます。この原理を実用化できれば、外部電源接続も電池交換も不要、Wi-Fiなどのマイクロ波のみで動作可能な革新的デバイスの創製が期待されます。更に、上記デバイスをナノ加工技術と組み合わせることで、選択制をも兼ね備えたワイヤレス給電技術及び超小型の自律的ロジック演算も可能となり、人が直接アクセスすることが困難な人体などへのアクセスを可能とするマイクロロボットやドラッグデリバリーなどの医療技術への応用も期待できます(特許取得済み)。15度程度という温度上昇は、磁石と非磁性金属の温度差を利用した発電には十分なものと考えられ、研究は現在、スピン流の生成を介した発電のステップに進んでいます。Wi-Fi発電の実用化もそう遠くない話かもしれません。
試料には当初、比較的よく用いられるシリコン素材の基板を使用していました。ところがこの試料では、高強度のマイクロ波をあてても強磁性共鳴加熱効果による抵抗の変化があまり大きくありませんでした。疑問を抱きつつもしばらくはこの微量な抵抗値を観測していたのですが、ある時、磁石の熱が銅板ではなくシリコン基板に逃げている可能性に気づいたのです。そこで基板素材をシリコンよりも熱が伝わりにくいガラスに変えて同じ実験を実施したところ、抵抗値の上昇がシリコン基板のときと比較して約50倍になりました。
重要なのは、このステップは無意味な失敗ではないということです。実は、銅板の抵抗値が上昇したからといって、その原因が磁石の温度上昇であるといきなり言い切ることはできません。理論上考えられるその他の可能性を排除する必要があるのです。ここで銅板の抵抗値の上昇が基板の熱伝導率に大きく左右された事実から、抵抗値上昇の主原因が磁石の発熱だということが証明されたのです。発表された学術論文にはシリコン基板を用いた場合のデータも掲載されており、ガラス板の場合と対照比較されています。
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