東大の長尾教授や九大の岡崎助教を中心とした研究チームは、はやぶさがイトカワから持ち帰った粒子を分析し、これらの粒子は確かにイトカワ表面から採取されたものであり、イトカワの寿命は10億年以下と太陽系の年齢(46億年)に比べるとはるかに短いことを示しました。この研究成果は、Science 8月26日号に掲載された6編のはやぶさ試料初期分析に関する論文のうちの1つとして発表されました。
宇宙空間には太陽風や宇宙線など放射線粒子が飛び交っています。地球は地球磁気圏と大気によってこれらの放射線から守られていますが、大気を持たない小惑星ではこれらの照射の影響を直接受けます。すると惑星表面の堆積層に含まれる元素は特有の割合を示すようになります。
とくに希ガス族の元素(ヘリウムやネオン、アルゴンなど)は化学的に反応しにくいため、惑星表面の希ガス元素比や同位体比は、その惑星がどのような環境でできて、どれだけ時間がたったかを表す指標として用いることができます。つまり、惑星表面からサンプルを採集してその組成を解析すれば、その惑星ができたときの環境や年齢がわかるのです。
しかしこれまで小惑星由来のサンプルは、地球上で隕石として採集されるものに限られていました。これらは大気圏を通過する際に激しく加熱されて表層が失われている上に、地球の大気に汚染されているために分析に用いることができませんでした。
そこで、地球近接の小惑星“1998SF36”から直接サンプルを採取し持ち帰るというMUSES-C計画が立てられ、2003年5月9日に鹿児島県内之浦から探査機が打ち上げられました。この探査機は“はやぶさ”と、小惑星1998SF36は“イトカワ”と命名されました。
はやぶさは2005年11月にイトカワに2度着陸して表面サンプルの採取を試みましたが、計画したサンプル採取装置が完全には作動しなかったため、期待したほどの量のサンプルを得ることができませんでした。しかし地球に帰還したカプセルからは、100ミクロン以下と非常に小さいもののイトカワ起源と見られる1500個を超す微粒子が確認されました。
これらの粒子は、イトカワでの採取直後より窒素ガスで満たされたカプセルに守られていたため、加熱もされず地球大気の汚染もうけていません。希ガス同位体分析を行えば、この粒子が地球上ではなく宇宙空間で形成されたものであり、形成からどれくらいの年月がたっているかを明らかにできるはずです。
今回、東大の長尾教授や九大の岡崎助教を始めとした研究グループが測定した3個の粒子(図1)は、直径40~60µmのかんらん石結晶でした。算出した重量はそれぞれ、0.06、0.06、0.12µgであり、過去の研究で希ガス分析に用いられた南極の雪や氷から採取された宇宙塵の重量(約1µg)に比べてもとても小さいものです。
希ガス分析の結果、3個の微粒子全てに高濃度のHe、Ne、Arが検出され、太陽風の元素存在度に非常に近くなっていました(図2)。重い希ガスKrとXeの存在度は検出できないくらい低いものでした。
また、ヘリウムやネオンの同位体比も太陽風の同位体比とほぼ同様でした(図3)。この結果は、3個の粒子が太陽風に直接さらされた歴史を持つものであり、イトカワの表面から採取されたものであることを証明しています。
次にネオンの濃度を用いた単純なモデルに基づいて、サンプルが太陽風にどれだけ照射されていたのかを推定しました。すると、粒子の照射年代は150〜550年となりました。太陽風由来のネオンの一部は粒子表面から失われたり、再蓄積したりすることが希ガスの放出温度などからわかっているので、実際の太陽風照射積算時間はもっと長くなるはずですが、数千年を大きく上回ることは無いと考えられます。
大気のない天体表層は、太陽風以外にも高エネルギーの銀河宇宙線にさらされています。 ネオン同位体の濃度から推定した個々のサンプルの宇宙線照射期間の上限値は800万年〜6600万年でした。これは強い重力を持つ月の表面で見られる数億年という長い宇宙線の照射期間とは対照的に、非常に短いものです。
以上の結果は、イトカワから採取された粒子が数百万年に満たない短い期間しか表層に存在しなかったことを示しています。つまり重力の弱いイトカワでは、表層物質は簡単に惑星間空間に失われ続けていることになります。
損失速度を考慮すると、イトカワの天体としての寿命は10億年以下であり、太陽系の年齢(46億年)に比べるとはるかに短くなるということを、同位体分析によるデータから初めて示しました。
岡崎助教は「イトカワは、もともとはもっと大きな天体が壊れて再集積した天体(ラブルパイル)。今後の更なる分析によって、そのもともとの天体のできた年代、あるいはその天体が壊れてイトカワになった年代が得られたらすばらしい」と話しています。
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