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DNA 小さな穴のくぐり方(

ひも状のDNA分子が微小な穴を通り抜けるメカニズムを解明

やわらかいひもやロープのはしを引っぱると、手前の部分だけがまず動き、その影響が後ろの部分に伝達していく。物理学部門の坂上助教は、DNA分子を含む生体高分子が膜にあいた微小な穴を通過するときも同様に、穴に引き込まれる力が徐々に伝わって、分子の空間構造が次々と変化しながら通過することを初めて理論的に示した。Physical Review Eに発表した。

坂上 貴洋(理学研究院 物理学部門)

DNAは長い長いひも状の分子である

生物の体内では、DNAやRNA、タンパク質などたくさんの生体高分子が働いている。これらはみな、長くて柔らかい“ひも”状の形をしており、DNA分子は太さが2ナノメートル[1]ほどだが、全長は数ミリ~数センチにもなる。

ヒトの場合、1細胞内に46本の染色体があり、これらのDNA分子を全てつなぎ合わせるとおよそ2mにもなる。ところが、DNAが収納されているは全長数マイクロメートル[2]しかないため、DNAは何重にも折りたたまれて核内に収納されている。

長いDNA分子が膜の小さな穴を通る物理的メカニズムは不明だった

生体高分子は細胞内のさまざまな場所で働いて生命活動を支えているが、細胞内はでしきられているので、移動するためには長い分子が膜に開いた小さな穴を通過しなければならない。

生体高分子が膜を通過する現象は、生命現象の基本的な過程の一つとして生理メカニズムが研究されているだけでなく、「長い“ひも”が小さな穴を抜ける」という物理的な視点でも研究が行われている。物理的なメカニズムの研究は、分子の形が変形することなくひも全体が穴に引き込まれると仮定して進められてきたが、そのような仮定ではDNA分子のひもを人工的な穴に通すシミュレーションや実験の結果をうまく説明できなかった。

実際のひもが変化するときの物理理論を応用し、物理的メカニズムを解明

そこで坂上助教は、実際にやわらかいひもやロープを引っ張ったとき、手もとの部分のみがまず動き、その影響が徐々に後ろの部分に伝達していくことに注目した。

DNA分子が膜の穴を通過するときも、分子全体の形が変化しないのではなく、やわらかいひものように穴に引き込まれるDNA分子の構造が徐々に変わると考えて、以下のような流れを想定した。

図1
図1DNA分子が微小な穴を通過するモデルの概念図 吸い込まれる力が徐々に伝わっていく。fがDNA分子を吸い込む力、R0が平衡状態での分子の長さ、v(t)が吸い込まれる速さ、X(t)が吸い込まれる力が作用している長さを表す。

(i) ひも状の分子が吸い込まれ始めると、まずは穴付近の部分だけが反応する。この時ひもの後ろのほうは、力が伝わっておらず形はそのままである。

(ii) 吸い込まれる力がひもの後ろのほうにも徐々に伝わっていく。

(iii) ひもを吸い込む力が最後まで伝わる。

(iv) ひも全体が穴へ引っ張られる。

以上のプロセスを数式で表したところ、これまでの実験結果をうまく説明することができ、長いDNA分子が微小な穴を通過するメカニズムを物理的に説明することが可能となった。

今回の理論は、DNA塩基配列を決定する新手法の開発に役立つだろう

近年、DNAやタンパク質分子を人工的に作った微小な穴に通して、1分子単位でそのイベントを検出する実験が可能となっている。

坂上助教は「人工的な穴を通す実験は、DNA塩基配列を高効率で決定できる新手法に活用できると期待されているが、今回の研究はこのような実験で得られる様々なデータを統一的に説明できる初めての理論となる」と話す。

研究こぼれ話

坂上助教に今回の研究で苦労した点をお聞きしました。

「“穴を通り抜けるDNAのダイナミクス”という現象に興味をもったときに、本文で説明したような“ひもに沿って徐々に力が伝わっていく”という物理的なイメージは持っていたのですが、それをどう数式で表現し、物理学の土俵に乗せられるのかいろいろ考えあぐねました。でも、その考えるプロセス自体が物理学の醍醐味だと思います。」

Note:

  • [1] 1ナノメートル = 100万分の1ミリメートル。
  • [2] 1マイクロメートル = 千分の1ミリメートル。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
Sucking genes into pores: Insight into driven translocation
著者
Takahiro Sakaue
掲載誌
Physical Review E 81:041808 (2010)
研究室HP
統計物理学研究室
個人HP
Takahiro SAKAUE
キーワード
DNA、高分子、統計物理学