オスだけが角や大顎を持つ動物では、角が大きくなるなどのオスの形質の進化は、メスの適応進化には影響しない—この考え方は正しいのでしょうか?理学研究院の原野研究員らのグループはオオツノコクヌストモドキを用いた実験によって、オスの大顎が大きくなるように進化するとメスの産卵数が減少することを明らかにしました。生物の進化を考える上での、オスとメスの進化的な対立の重要性を示す実例として注目されます。
シカやカブトムシのオスは大きく発達した角を持っており、メスをめぐって他のオスと闘います。大きな角を持つオスは闘いに強いので、多くのメスと交尾し、多くの子を残すことができます。その結果、世代を経るごとに大きな角を発現する遺伝子を持つ子孫が増えていきます。
このとき、オスだけでなくメスも大きな角を発現する遺伝子を持つことになります。なぜなら、オスもメスも父親と母親から半分ずつ遺伝子を受け継ぐからです。
しかしメスには繁殖相手をめぐる闘いはないので、もしメスに大きな角が生えたとしてもあまり意味はなく、むしろ生存や子孫を残す上で邪魔になるだけでしょう。そのため、オスの角の進化はメスの適応進化を妨げることになります。
このような進化的なオスとメスの対立は、多くの動物でうまく解決されているように見えます。シカやカブトムシの角もクワガタの大顎もオスにしか発達しませんし、クジャクの尾羽やグッピーの派手な体の色などもそうです。
オスが角や尾羽を大きく発達させるように進化しても、その形質を持たないメスには何の影響もない、つまり、進化的なオスとメスの対立は起こらないと考えられます。
この考え方はもっともらしく思えますが、果たして正しいのでしょうか?
進化的なオスとメスの対立は起こらないかを検証するため、理学研究院の原野研究員らのグループは、甲虫の1種であるオオツノコクヌストモドキを使った実験を行いました。オオツノコクヌストモドキのオスは、発達した大顎を使って他のオスと闘いますが、メスは発達した大顎を持っていません(図1)。
研究グループは実験的にオスの大顎の大きさを大きく進化させたグループと小さく進化させたグループを作り、グループ間でメスの産卵数を比べることで、オスの大顎の進化がメスにどのような影響を及ぼすのかを調べました。
大顎の大きなオスを選び抜いて繁殖させ、その子を育て、その中でまた大顎の大きなオスを選択するという手順を12世代にわたってくり返すと、この集団ではオスの大顎が大きくなっていきました(図2)。
同時に別の集団では、大顎の小さなオスを選択して繁殖させることによって、小さな大顎を進化させました(図2)。
この実験的な進化によってオスの大顎が大きくなった集団と小さくなった集団のそれぞれから羽化したメスを飼育し、一生の間に産んだ卵の数を比べました。その結果、オスの大顎が大きな集団のメスの産卵数は少ないことが分かりました(図3)。
産卵数が減少すると、メスは子孫をあまり残せなくなってしまいます。メスには発達した大顎がないのにも関わらず、オスの大きな大顎の進化に伴ってメスの産卵数が減少したのはなぜなのでしょうか。
オスの大顎が大きな集団では、オスでもメスでも、大顎が小さな集団の個体と比べて体全体の大きさは同じなのに腹部は小さくなっていました(図4)。卵をつくる器官は腹部にあるので、メスの腹部の小型化は産卵数を減少させる原因になるはずです。
これらの研究結果から、メスが発達した大顎を持っていなくても、オスの大きな大顎の進化は、腹部を小型化させることを通してメスの適応進化を妨げるということが明らかになりました。つまり、オスとメスの進化的な対立は起こっており、その解決は簡単ではないと考えられます。
原野さんは今回の研究成果について、「生物の進化を考える上でオスとメスの進化的な対立の重要性は、今までに考えられているよりも大きいと考えた方がよいでしょう」と話しています。
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