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令和6年度 奨学金受給者報告書

氏名 Fさん
学科・専攻、学年 地球惑星科学専攻 修士2年
留学先(国名) 大気宇宙物理研究所(LASP)/コロラド大学ボルダー校(アメリカ)
留学期間 令和7年2月21日~令和7年4月2日

留学内容について

 春休み期間中、アメリカ・コロラド州にあるコロラド大学ボルダー校・大気宇宙物理研究所(LASP)を訪れ、Sonal Jain博士をはじめとする研究者・教授の方々と研究を行なった。本滞在は、昨夏にSouthwest Research Institute, Boulder Officeでの研究の合間にLASPを訪問し、Sonalと共同研究の草案を議論したことを契機に、貴奨学金に採択いただいたことで実現した。

 昨夏は火星全球気候モデル(GCM)を用いて、惑星規模の大気波動である「大気潮汐」の解析を行った。今回の滞在では、LASPでSonalらとともに、MAVEN(火星探査衛星)の観測データをもとに潮汐解析を行なった。LASPはMAVEN衛星の中核を担う研究所で、初代PI(研究主任)であるBruce Jakosky教授や現PIのShannon Curry教授をはじめとする関係者が数多く在籍している。さらに、コロラド大学ボルダー校の天体物理・惑星科学科(APS)学科長であり、火星大気進化研究の第一人者であるDave Brain教授をはじめ、数多くのモデリングの専門家も集う、とても刺激的で夢のような研究環境であった。滞在中は、MAVENデータの解析に加え、Nick Schneider教授が率いるMAVEN衛星・紫外線分光器(IUVS)チームをはじめとする複数のグループミーティングや、LASP全体のセミナーにも参加する機会を得て、火星大気研究の最前線に触れることができた。

 本滞在を通じ、「コロラド大学ボルダー校にPhD学生として所属し、LASPで火星大気研究を行う」という学部時代からの夢に、着実に近づいていることを実感した。以前は遠い夢でしかなかったが、今では具体的かつ現実的な目標となった。九州大学修士課程2年目となる今年は、研究を進めつつ、2026年秋開始のPhD課程出願に向け、より一層努力していくつもりである。

LASPの建物
LASPの建物
LASPのロビー
LASPのロビー

他国の人たちとの交流を通じてどのような変化がありましたか?

 滞在中は、コロラド州ボルダー市内の一軒家の一室を借りて過ごし、LASPでの研究以外の時間も非常に充実していた。ボルダーはロッキー山脈の麓に位置し、街の西側には雄大な山々が広がる自然豊かな街で、人々は豊かな自然と共に生活している。冬には雪が深く積もり、週末になると皆せっせとスキー場に足を運ぶ。また、冬以外の季節はハイキングを楽しむようだ。LASPでも「この冬は毎週末スキーに行っている」という研究者が複数おり、MAVEN初代PIことBruceは、なんとスキー場の近くに別荘を所有しており、彼らのスキー愛はただものではないと感じた(スキーは脳によく、研究のアイデアがどんどん湧いてくるそうだ)。

 私も「Mars Ski Day」と題したLASP火星グループのスキーイベントに参加した。高校の修学旅行以来のスキーだったが、彼らはとても親切にサポートしてくれた(上級者である彼らと共に木々の合間を滑って肝を冷やしたりと、愉快な体験だった)。彼らは研究者としての顔だけでなく、人生を楽しむもう一つの顔を持っていた。普段は明晰な頭脳を駆使して研究に勤しみ、週末は友人や家族とスキーなどの活動を楽しむ姿は、とても新鮮で羨ましくもあった。

 また、研究グループの定例ミーティングでは、研究成果を報告するだけでなく、「今週のfun stuff」と称して、各々の楽しかった(またはおかしな)出来事をシェアする時間があり、雰囲気の良さを感じた。教授と学生がファーストネームで呼び合い、ジョークを交わしながら活発に議論する環境は、新鮮でとても魅力的に映った。

名札と75周年記念バッジ
名札と75周年記念バッジ
デスク周辺の風景
デスク周辺の風景

留学によって変化が見られた事項について

 昨年からMAVEN衛星データを解析していたため、今回が初めてではなかったが、ミッションの中心であるLASPでの研究は一味違っていた。周りはMAVENや火星大気のスペシャリストばかりで、常に的確な助言や意見をいただくことができて感動した。また、一人の研究者と議論を始めると、関係する他の研究者にも繋げてくださり、結果として非常に深い議論に発展することが多々あった。このような環境は研究を進めやすくするだけでなく、理解が深まり、結果的に研究の質が高まると感じた。

 また、現在の研究だけでなく、火星大気進化やテラフォーミングといった私の長期的な研究興味についても、オープンに議論することができ感激した。Bruceが、2015年に「現在の技術では火星のテラフォーミングは実現不可能である」と言う意見を発表しており、私が「ぜひそのテーマについて議論したい」とお願いしたところ、快く引き受けてくださり、1時間以上にわたって熱い議論を交わすことができた。こうした体験は彼だけに限らず滞在中何度もあり、論文でしか目にしたことのないような著名な研究者と直接意見を交わせたことは、まさに夢のようだった。LASPでPhD学生として所属できたなら、いかに幸せだろうと感じた。

 英語力については、もとよりある程度自信はあったが、滞在中の研究活動や日常生活を通じて、「この環境でも十分に研究者としてやっていける」と実感した。

East campusにある航空宇宙工学・科学科
East campusにある航空宇宙工学・科学科
大気海洋科学科
大気海洋科学科

今回の留学がこれからの進路にどのように活かされますか?

 LASPは学部時代から憧れていた研究所であり、今回の滞在を通じて、「コロラド大学ボルダー校にPhD学生として所属し、LASPで火星大気研究を行う」という夢が、明確な目標へと変わった。LASPでの研究活動はすでに述べたため、ここではアメリカにおけるPhD課程の概要に軽くふれ、本滞在がいかに進学への大きな一歩となったかについて述べたい。

 アメリカのPhD課程は、日本の修士2年+博士3年を合わせたような一貫コースである。学生は研究やTAの対価として、学費・生活費を十分にカバーできる給料がもらえるため、世界中からやる気に満ちた学生が集まる、とても競争率の高いプログラムとなっている。PhD課程への出願は、志望動機書、推薦書(3通)、成績証明書、英語能力試験(TOEFL/IELTS)のスコアなどを提出する書類審査形式で行われる。 一見、書類を送るだけに思えるが、実際には志望する教授との研究のマッチングが重視される(事前に面識があると尚良い)。そのため、顔も知らない日本人学生より、学会で面識があったり、共同研究の経験があったりするアメリカの学生が合格しやすいのは言うまでもない。

 この激しい競争を勝ち抜くには、第一著者の論文を学術誌に数本投稿するなど、突出した研究成果があると心強いが、それに加えて、「この学生を雇いたい」と教授に思ってもらうことが非常に重要である。そのためには、可能であれば事前に志望先を訪問し、あわよくば共同研究をさせてもらえると、出願時に非常に強力なつながりとなる。もちろん、忙しい先方に闇雲に打診するのは良くないが、自分がいかに貢献できるか(成果を論文にするなど)を伝え、滞在中の費用も自分で確保できることを示すと、受け入れてもらえることがある(昨夏と今回の滞在での経験)。そのうえで、しっかりと成果を出し、先方から「PhD学生として迎えたい」と思ってもらえれば御の字である。

 本滞在では、この一連の流れをある程度体現することができた。Sonalらとの共同研究では、出発前に想定していた以上の成果が得られ、帰国後も研究を進め今年度中に論文にまとめる計画である。PhD課程出願に関しても、Sonalをはじめとする複数の教授・研究者の方々からとても前向きな言葉をいただいた。中でも、Sonalからは大変ありがたいことに「君をPhD学生として迎え、現在の研究をさらに発展させたい」とのありがたい申し出をいただいた。また、APS(天体物理・惑星科学科)学科長のDaveにAPSの建物を案内していただき、付属のプラネタリウムでは特別にショーも見せていただいた。大変ありがたいことに、Daveからも「君をPhD学生として迎え入れ、一緒に新たな研究分野に挑戦したい」と、心踊る言葉をいただいた。

 当初はAPSのみへの出願を考えていたが、滞在中にATOC(大気海洋科学科)とAES(航空宇宙工学・科学科)の教授とも新たに関係を築くことができ、今年はコロラド大学ボルダー校の3つの学科に出願する予定である。周りの皆さんの温かい協力のおかげで、渡米前には想像もしていなかったほどの進展があり、今年のPhD出願がとても楽しみである。

Mars Ski Day
Mars Ski Day
スキー場でランチ(左列2人目から奥にDave, Bruce, Sonal)
スキー場でランチ
ハイキング中
ハイキング中
山頂からのボルダーの眺め
山頂からのボルダーの眺め

留学を考えている学生に向けて留学して良かった事、準備しておけば良かった事等について

 やはり「興味があるなら一度足を運んでみること」はとても重要だと感じた。現地の教授や研究者・学生たちと共に研究し、生活することで、出願に関することから、学科・研究所のディープな話まで教えてもらうことができた。また、純粋な「人と人のつながり」は、実際に対面することでこそ生まれるものであり、それを強く実感した。

 最後に、帰国直前に知り合ったフランスからの留学生の言葉で締めくくりたい。私が「帰国直前ではなく、もっと早くに知り合えたらよかったね」と言うと、彼女は「Better later than never(遅くても、出会わないよりはよかった)」と言ってくれた。その何気ない一言を、私は帰りのフライトで思い出し、この言葉は多くのことに通ずると感じた。

 学部卒業時、コロラド大学ボルダー校のPhD課程に出願して不合格となり、修士課程の当初は直接入学できなかったことにコンプレックスを抱え、焦っていた。しかし修士課程に進学したことから、じっくりと研究に取り組むことができ、LASPを訪問し、ありがたいことに2名から「PhD学生として雇いたい」というお言葉をいただけた。私のように一度挫折を経験し、そこから再挑戦をしようとしている人、あるいは、ずっと心の中にあった「やってみたいこと」に一歩踏み出そうとしている人にこそ、彼女の言葉は刺さると思う。これからまた、つまずいたり、悩んだりしたとき、この言葉を思い出したい。

Better Later than Never

ロッキー山脈国立公園の凍った湖
ロッキー山脈国立公園の凍った湖
氷で覆われた木
氷で覆われた木
バイソンバーガー
バイソンバーガー
ジャンクバーガー
ジャンクバーガー