石油は、種々の乗り物の燃料などに使われており、脱炭素化が叫ばれる今日においても、依然として人々の暮らしに欠かせないものとなっています。石油の主成分は炭素原子と水素原子からなる炭化水素ですが、不純物として硫黄原子をもつ化合物なども含まれています。この硫黄分は、燃焼時に硫黄酸化物として排出され、環境や人体に影響を及ぼすだけでなく、ガソリンや軽油を燃料とする自動車の性能を悪化させる要因にもなります。これまで水素化脱硫と呼ばれる大規模な設備を要する方法で、石油中の硫黄分の除去が行われてきました。しかし、大型の設備が必要であるがゆえに、国や地域によっては今なお脱硫が不十分な石油が流通しています。そこで、触媒有機化学研究室 (徳永 信 教授、村山 美乃 准教授、山本 英治 助教) に所属する化学専攻の篠﨑 貴旭さんらは、より簡便な脱硫法を模索し、紫外線を照射するだけで硫黄分が除去できる手法を見出しました。この研究は、分子触媒化学研究室II 末永 正彦 講師とトヨタ自動車株式会社 稲見 規夫 氏との共同で行われ、その成果は、Journal of Cleaner Production に掲載されています (Shinozaki et al., 2022)。
また、篠﨑さんは、第 11 回 CSJ 化学フェスタ 2021 にて優秀ポスター発表賞 (無機化学・触媒化学・分析化学) を受賞されています。
篠﨑さんが所属する触媒[1]有機化学研究室では、理学部の中でもとりわけ企業との共同研究が多く、応用に直結する基礎研究を多数行なっているのが特徴です。例えば最近では、長期間保存されて劣化臭 (老香) を放つようになってしまった日本酒から、その原因となる硫黄化合物だけを選択的に除去する研究が行われました (九大理学部ニュース『ナノ粒子でよみがえる日本酒の香り(2019年5月22日)』 )。
実は、含有する硫黄化合物に悩まされている製品は日本酒だけではありません (図1)。石油にも硫黄原子をもつ有機化合物が不純物として含まれており、これが原因となって、ガソリンや軽油を燃料とする自動車の燃費が悪化してしまいます。この問題を解決するため、日本酒の研究を石油にも応用できないかとトヨタ自動車さんから声がかかり、今回の研究がスタートしました。
日本では、大気汚染防止法の「自動車の燃料の性状に関する許容限度及び自動車の燃料に含まれる物質の量の許容限度」により、自動車ガソリンや軽油の硫黄分は 10 ppm[2] 以下でなければならないという厳しい基準が定められています。これは、ガソリンや軽油をエンジン内で燃焼させたときに、それらに含まれる硫黄分が酸素と反応して、硫黄酸化物 (SOx) が発生するのを抑制するためです。この硫黄酸化物は、雨に溶け込むと酸性雨に、大気中で化学反応して粒子化すれば微小粒子状物質 (PM2.5)[3] の原因となり、環境や人体への影響が懸念されます (図2)。これらを防ぐために、日本などの先進国では、水素化脱硫という方法を用いて石油からあらかじめ硫黄分を除去しています。
加えて、ガソリンや軽油の硫黄分は自動車自身にも悪影響を及ぼすことが分かっています (図2)。自動車には、三元触媒[4] などの排気ガスを浄化する仕組みが組み込んでありますが、燃料の硫黄分がこれらの触媒に吸着してしまうと、浄化の性能が低下してしまいます (触媒被毒)。硫黄による被毒を回復し、触媒の寿命を延ばす方法も考えられていますが、そのためには余分に燃料を消費する必要があり、今度は燃費が悪化してしまいます。このような理由からも、硫黄分のより少ない燃料が望まれています。
それでは、日本などで行われている水素化脱硫とは、どのような方法なのでしょうか。簡単にいうと、硫黄原子をもつ有機化合物を水素と反応させて、硫化水素として硫黄分を取り除く方法です。ただし、この反応を効率よく引き起こすためには、モリブデンやコバルトなどを使った水素化脱硫触媒を用いて、さらに数百度、数十〜数百気圧という高温・高圧の条件下で反応させなければなりません。また、生成される硫化水素は有毒な気体であるため、その適切な処理も必要です。これらの設備が整っていれば、水素化脱硫はとても効率的な方法ですが、新興国の一部などの設備が整っていない地域では、日本の基準の何十倍も高濃度な硫黄分が残ったままの石油が流通しているそうです。以上の問題を解決するために、より簡単な脱硫技術が求められています。
一口に有機硫黄化合物と言っても、様々な種類のものが石油には含まれています。化合物の種類によって反応の起こりやすさは異なるため、脱硫のされにくさも様々です。特に、図3 に示された有機硫黄化合物は脱硫されにくいことが知られています。さらに、アルキル基[5] があると触媒表面の反応が起こる部位[6] に接近しづらくなるなどの影響により、図3 の下段の 3 種類の中では DBT < 4-MDBT < 4,6-DMDBT の順番で脱硫が難しくなります。脱硫が不十分な石油には、これらの化合物が多く残存しているため、これらをうまく脱硫できる方法を見つけ出すことが石油の硫黄分低減に重要です。
そこで、篠﨑さんらはこれら難脱硫性化合物を有機溶媒に溶かし、触媒を使って脱硫する実験を行なっていました。あるとき、対照実験として触媒を使わない実験を思いつきで行なったところ、大きな発見がありました。触媒を用いることなく、紫外線を照射するだけで硫黄分が除去できたのです。思いもよらないところから、今回の研究成果へと繋がりました。
また、難脱硫性硫黄化合物を含む溶液に紫外線を照射すると、黄色の沈殿物が生じていることが観察されました。蛍光 X 線 (XRF, X-ray fluorescence) 分析、高速液体クロマトグラフィー (HPLC, high-performance liquid chromatography)、大気圧固体試料プローブによる質量分析 (ASAP-MS, Atmospheric pressure solids analysis probe-mass spectrometry) の証拠から、この沈殿物は硫黄の単体であると考えられます。さらに、今回発見された方法では触媒を使わないこともあって、触媒を用いる水素化脱硫とは真逆で、アルキル基があるほど脱硫されやすい、すなわち DBT < 4-MDBT < 4,6-DMDBT の順番で脱硫しやすくなることも分かりました。この結果は分子軌道計算と一致し、さらに反応機構も提唱しています。
今回の研究では、難脱硫性硫黄化合物のみを含む溶液で実験を行っており、実際のガソリンや軽油に応用するためにはいくつかの課題があります。まず、(1) 実際の燃料には、紫外線の吸収を阻害してしまう芳香族化合物[7] が含まれているため、目的の難脱硫性化合物が紫外線を吸収しにくくなるという問題点があります。特に芳香族化合物が 10 % 以上含まれていると脱硫を阻害してしまうそうです。次に、(2) 生じた硫黄の沈殿物が溶液内に分散して、沈殿物自身が紫外線を吸収してしまい、一定量以上の脱硫ができなくなるという課題もあります。そのため、一定時間紫外線を照射したあと、遠心分離などによって生成した硫黄を取り除く処置が必要です。今回の成果は基礎研究の段階であり、今後実用化に向けた開発を進めていく必要があります。
篠﨑さんは、平日は働きながら、休日に博士後期課程の学生として研究を行う社会人ドクターです。そんな篠﨑さんに、社会人ドクターの生活についてお話をお聞きしました。社会人ドクターになって良かったことは、経済面や修了後の就職などに対する不安なしに研究を行えることだそうです。一方、社会人ドクターになって大変なことは、日中は研究と向き合う時間が少なく、限られた時間の中で確実に成果を出さなければならないことだそうです。
私が所属している研究室は、先生をはじめ、個性的な学生が多く、そういった環境からか斬新な研究が生まれることがあります(笑)
基礎研究を実用化させるには、幅広い視野を持って研究に取り組むことが大切だと学ぶことができました。自分達が生み出した技術が世界中で使われるよう今後も研究を頑張っていきたいと思います。
Note:
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