
本学理学部では、平成21年度から開始した「未来の科学者養成講座」を継承し、九州・山口地区の高校生を対象とした「エクセレント・スチューデント・イン・サイエンス・育成プロジェクト(ESSP ver.2)」を夏休み期間中に約7日間の日程で開催しています。
本プロジェクトは、未来の科学者の育成を目的としており、化学および生物学の2分野において、大学・大学院レベルの講義や実験、大学院生による講演などを通じて、高校生に高度なサイエンス的体験を提供しています。応募者の中から選抜された数名の高校生が参加し、大学の研究設備を活用した実験や研究に取り組んでいます。

福岡県立春日高等学校2年生の林田一花さんは、令和6年度ESSPの化学分野に参加し、本学理学部化学科の鳥飼浩平講師の指導のもとで研究を行いました。プログラム終了後も、鳥飼講師および大学院生とともに継続して努力を重ね、その研究成果を英文でまとめ、国際学術論文として発表しました。
当該論文は、鳥飼講師らとの共著で学術誌Molbankに投稿され、査読の結果このたび見事受理・掲載に至りましたのでここに報告致します ("1,1-Bis(4-ethylphenyl)-propan-1,2-diol" Hayashida, I.; Uktamova, M.; Tirkasheva, S.; Torikai, K. Molbank 2025, 2025, M2076. 以下のURLから誰でも無料で本文にアクセス可能です。https://www.mdpi.com/1422-8599/2025/4/M2076)。

高校生と大学教員が協働して研究を進め、論文として成果を発表することは、ESSPの教育的意義を示すものとしても大変意義深いものです。理学部では今後も、こうした取り組みを通じて、次世代の科学者育成に貢献してまいります。
本研究では、空気中の湿気が混入しただけでも反応の進行が妨げられることが知られるグリニャール反応を利用して、新規化合物を合成しました。この化合物の有用性は未解明で更なる研究の進展を待つ必要がありますが、少なくとも高校生の林田一花さんが昨日までこの世になかった、世界で誰も手にしたことのなかった化合物を自らの手で創り出したことは紛れもない事実です。実験では禁水反応の仕込みから、当初の予定とは異なる精製法の検討や実施、さらには核磁気共鳴や赤外吸光スペクトル等の機器分析による化合物の構造確認に至るまで、大学、いや大学院レベルの、実際の有機合成化学研究の「現場」を体験してもらいました。研究は発表してこそ完成するものですので、英語での論文執筆、学術雑誌への投稿、査読結果に対する応答および原稿の修正を経て論文が雑誌に受理、掲載されるまでの「生の」プロセスも共同研究者(論文の著者の一人)として分担してもらいました。高校生活を送りながら、大学生の上の、大学院修士課程の学生のそのまた上の、大学院博士課程の学生に求められるような、論文執筆はとても大変だったと思います。真似事ではない「本物」を知ってもらいたかったので、敢えて厳しく(高校生だからという手加減なしで大学院生と同じ感覚で)指導しましたが、よくついてきてくれました。林田一花さんの頑張りを誇りに思うとともに、同氏の今後の活躍を期待しています。
この度、「エクセレント・スチューデント・イン・サイエンス・育成プロジェクト(ESSP ver.2)」に参加させていただけたこと、厚くお礼申し上げます。このプロジェクトで私は初めて「答えのない実験」を経験しました。今まで経験してきた理科の実験には必ず答えがありました。今回の研究について、鳥飼講師にご教示いただきながら実験を行い、なぜその結果に至るか考察し、実験の過程でさらに学びを深め取り組むことができたことは、大変貴重な経験となりとても楽しかったです。また、論文を執筆するにあたり、世界に発信する新規化合物の合成に対する言葉の重みを感じました。鳥飼講師より、実験方法から論文のプロセスまで、最後まで学ばせていただけたことは、大学、大学院での研究の過程、どのようなスキルが必要になるのか等を知ることができ、明確な自分の未来像を見つけることができました。鳥飼講師、共同研究者のUktamova氏、Tirkasheva氏と共に著作させていただけたこと、この上ない経験をさせていただいたことに深く感謝申し上げます。今後の貴学、またESSPのさらなるご発展と皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
九州大学理学部では、毎年夏休みの時期の高校生を受け入れて、実際の研究を体験して頂くESSPプロジェクトを長年続けて来ています。通常は、研究室・実験室での4、5日の活動の後、プレゼンテーション形式での発表会を開いて、同時期に受講した高校生の仲間や、担当の教員、そしてご家族に、成果を披露してもらっているところです。今回、その成果発表の一つが論文発表にまで至り、大変喜ばしく思っています。鳥飼講師のコメントにもあるように、大学院博士課程レベルの研究と成果発表に相当し、正に「本物」を体験してもらったと言えます。有機合成の実験から成果の取りまとめ・論文発表までを頑張った林田さん、また担当教員として指導にあたった鳥飼講師に、賛辞を贈りたいと思います。このプロジェクトとして、このような形で高校生に研究の醍醐味を味わっていただけたことは、大変大きな収穫です。今回の林田さんはもとより、毎年の受講生の皆さんにとって、この理学部での研究体験が将来の進路を考える上で良い動機づけになればと願っています。