地球上の生物多様性を生み出す原動力は、生物がもつ DNA 塩基配列に生じる突然変異です。この突然変異が、自然環境下でどのように生じ、生物のゲノムに変化をもたらすのか、その実態の多くは謎に包まれています。とくに非常に高い生物多様性を有する熱帯生態系においては、突然変異の発生メカニズムについてはほとんど知られていませんでした。
九州大学 大学院理学研究院の佐竹 暁子 教授、今井 亮介 学術研究員、佐々木 江理子 准教授、同システム生命科学府の富本 創 大学院生、東京大学 大学院新領域創成科学研究科の笠原 雅弘 准教授、国際農林水産業研究センター林業領域の谷 尚樹 主任研究員、東北大学 大学院農学研究科の陶山 佳久 教授、そしてインドネシア ガジャマダ大学の研究者らの研究グループは、赤道直下のボルネオ島に生息する樹齢 300 年を超えるフタバガキ科 Shorea 属 2 種を対象に、新規にゲノムを解読し、長い年月をかけて蓄積した体細胞変異を検出することに成功しました。成長速度の異なる 2 種の樹木を用い、成長の遅い S. laevis と成長の早い S. leprosula を対象に体細胞変異の分析を進めた結果、いずれの種も枝の伸長とともに体細胞変異の数は直線的な増加を示しました。枝が 1 m 伸びる際に生じる体細胞突然変異率を推定したところ、成長が遅い S. laevis では、成長の早い S. leprosula よりも 3.7 倍高い変異率が見られました。しかし、年あたりに生じる突然変異率は、成長速度に依存せず種間で一定であることが示されました。これは、体細胞突然変異が枝の伸長に伴う細胞分裂ではなく、絶対時間に依存して蓄積することを示唆しています。また、新しく生じた突然変異が自然選択を受けているかどうかを調べたところ、体細胞変異は個体内ではほぼ中立ですが、次世代に受け継がれる変異は強い負の自然選択を受けることを示す結果が得られました。
地球温暖化にともなう気候変動は、生態系に悪影響を及ぼし、熱帯でも多くの種が失われつつあります。こうした気候の変化に対して、熱帯樹木が適応できるかは、樹木集団内の遺伝的多様性に依存します。本研究は、遺伝的多様性をもたらす突然変異のメカニズムの理解を深めることで、熱帯の生物多様性の保全にも貢献できると期待されます。
本研究成果は 2023 年 6 月 6 日に科学雑誌「eLife」で公開されました (https://doi.org/10.7554/eLife.88456)。
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