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新鉱物・阿武石の発見(

日の丸奈古鉱山だけでみられるフッ化アルミニウムリン酸塩鉱物

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山口県阿武町日の丸奈古鉱山では、世界的にも珍しい、リンを成分に含む様々な鉱物がみられます。その中に長らく正体がはっきりせず「ガトウンバ石様鉱物」と呼ばれていたものがありました。地球惑星物質科学分野所属の延寿さんと上原助教は、この石がフッ素を含む新種のアルミニウムリン酸塩鉱物であることを突きとめ、これを「阿武石」と命名しました。研究成果はJournal of Mineralogical and Petrological Sciencesに掲載されました。

延寿 里美(理学府地球惑星科学専攻)
取材・構成:関 元秀(理学研究院)

奇石の産地・日の丸奈古鉱山

山口県は古くから鉱業が盛んで、鉱物学、地質学の研究が進んでいます。同県阿武あぶ阿武町あぶちょうの一帯には耐火レンガなどの原料となるロウ石Rosekiの鉱床が広がっており、いくつもの鉱山があります。その中に日の丸奈古なご鉱山という、リン礬土ばんど石(アウゲル石)をはじめとする世界的にも珍しいアルミニウム(Al)リン酸塩鉱物aluminum phosphate mineralが豊富にみられる鉱山があります(図1)。

図1
図1日の丸奈古鉱山 山肌から石を削りとるタイプの鉱山で、現在は稼働していない。ズリと呼ばれる、試験採掘時に削りとられた石塊が至るところに落ちており、断面を観察しやすい。

ここはもともと日本唯一のリン礬土石の産地として知られていましたが、さらに20世紀末に行われた国立科学博物館地学研究部の調査で、同じくAlリン酸塩鉱物であるトロール石、ゴルセイ石、ゴヤ石(ゴヤス石)なども日本で初めて発見されました(調査報告書:Matsubara and Kato 1998)。

石から読み解く地質イベント

これらのAlリン酸塩鉱物は、同じロウ石鉱床帯にある近隣の鉱山からは見つかりません。なぜでしょうか。それは、Alリン酸塩鉱物を含むロウ石が出来るための主な条件2つが同時に満たされていたのが日の丸奈古鉱山だけだったからだと考えられています。条件の1つめはマグマだまりがごく近くの地中にできたこと(ロウ石鉱床ができる条件)、2つめは化学反応時にリンが存在することです。

Alリン酸塩鉱物およびロウ石は、長石などのAlケイ酸塩鉱物を母岩ぼがんhost rock(注目している鉱物の主原料)とします。マグマが固結した高温の貫入岩体により500°C以上になった熱水[1]に母岩が長時間さらされると熱水変質hydrothermal alterationと呼ばれる現象が起こり、ヒドロキシ(OH)基を含む柔らかい粘土鉱物等が形成されます。阿武町一帯では白亜紀[2]に熱水変質が起こったと推定されています。

このときさらに熱水がリンを多く含んでいると、ケイ酸塩鉱物のかわりにリン酸塩鉱物が形成されるのです。日の丸奈古鉱山でだけリン酸塩鉱物が多く含まれるということは、熱水変質が進んだ時代にこの鉱山とごく近辺の熱水だけが何らかの理由で大量のリンを含んでいたということになります。このようにqri_point鉱物の研究には、今ここにある鉱物から昔ここでどんな地質的イベントが起きたのか推理するという楽しみもあるのです。

「のようなもの」

さて先ほどの調査の報告書にはもうひとつ、「ガトウンバ石よう鉱物(中略)が確認された」という記述があります。調査時に測定されたこの未知鉱物の化学組成はCaAl2(PO4)2(OH)2で、確かにガトウンバ石の組成CaAl2(PO4)2(OH)2·H2Oによく似ています。この未知鉱物が後の新鉱物、阿武石となります。

この鉱物は0.1mmから1mm未満の無色透明結晶として、同じく無色透明結晶であるリン礬土石Al2(PO4)(OH)3や石英SiO2と一緒に、白色粗粒の岩石中に出てきます(図2a)。見た目でこれら透明結晶を区別するのは難しいため(図2b)、電子顕微鏡を用いて観察します(図2c)。

図2
図2阿武石の産状 (a) 日の丸奈古鉱山でとれる白色粗粒タイプの岩石。阿武石はこのタイプに多く含まれている。 (b) 双眼実体顕微鏡による研磨面の写真。肉眼での判別は困難。(c) 電子顕微鏡による後方散乱電子(BSE)像。電子ビームをあてると、含まれる元素の重さに応じたコントラストがみえる。

ガトウンバ石も大変珍しい鉱物で、現時点でこの石がとれると報告されているのは世界中でわずか4カ所です。この未知鉱物がもしガトウンバ石ならば、これもまた日本初発見となります。しかし一方で、X線回折X-ray diffraction(XRD)実験ではこの鉱物がガトウンバ石とは異なる結晶構造[3]をもつという結果が出てきたため、判断が持ちこされて「よう」の字がつけられました。ではこの鉱物は一体何なのか、正体は20年近く謎のままでした。

最新手法で新種鉱物と確定

今回、延寿さんと上原助教はこの未知鉱物の再検討を行いました。改めて化学組成を測定した結果、組成が正しくはCaAl2(PO4)2F2[4]であることを突きとめました。国立科学博物館による調査が行われた1998年の頃にはフッ素を検出する技術が未発展だったため、当時は決定しきれなかったのです。上記組成をもつ鉱物はこれまでに報告されたことがなかったので、この鉱物は新種ということになります。研究グループではこれを、発見地の名をとって「阿武石あぶせきAbuite」と呼ぶことにしました。

次に取り組んだのが結晶構造の決定です。電子顕微鏡像をもとに阿武石の位置を特定し、取り出した粒子を用いてXRDパターンを取得しました。このような微小な粒子を用いたXRD回折実験は分析装置の技術向上によって可能となりました。しくも国立科学博物館による調査報告が出版されたのと同じ1998年に、阿武石と大変よく似た人工物SrAl2(PO4)2F2が無機化学の研究者たちによって合成・分析されており(Meins and Courbion 1998)、阿武石のXRDパターンはその人工物のものと類似していました。このことを手掛かりとして、阿武石の結晶構造を決定することができました(図3)。

図3
図3阿武石の結晶構造 直方体の単位格子が三次元的に繰り返されて結晶となっている。(参考:Meins and Courbion 1998

ところで、阿武石とガトウンバ石とがよく似ていることは事実です。ということはもしかすると、「ここからもガトウンバ石が出てくる」と報告されている3カ所の鉱物のうちいくつかは、実際は阿武石なのかもしれません。最新手法による再分析が望まれます。

「阿武石」承認まで

ある鉱物が間違いなく新種であるかどうかを第三者として審査し認定してくれるのが、国際鉱物学連合の新鉱物・命名・分類委員会です。研究グループの申請は2014年2月に承認され、今回の新鉱物は正式に全世界でAbuiteと呼ばれることになりました。阿武石のタイプ標本(基準となる標本)は北九州市立いのちの旅博物館に収蔵されています。 延寿さんは「世界で現在5200種類程度しかない鉱物のなかの1つに、私たちが名前を付けることができてうれしいです」と語ります。

研究こぼれ話

上原研究室の方針は「最初から最後まで」。石探しは全国津々浦々、珍しい鉱物がみつかっている場所やその近隣の未調査地で、フィールドワークを行います。今回のような廃鉱のほか、現役稼働している石切り場や急斜面の岩肌、ときには浜辺の砂の中の鉱物を皆で集めることもあります。リュックいっぱいに石を詰め込んで帰ってきたら、研究室での分析が始まります。

Note:

  • [1] 圧力と不純物の影響により、水でも液体のまま500°Cになる。地下は圧力が高いため、水は100°Cを超えても沸騰しない。山の上など気圧の低いところで100°C未満で沸騰するのと同原理(対となる現象)である。さらに、熱水変質を引き起こす流体は一般に様々な無機物を豊富に含む水溶液であるため、沸点上昇も起こる。
  • [2] 恐竜が繁栄した中生代(三畳紀、ジュラ紀、白亜紀)の最後の紀。約1億4500万年前から約6600万年前までの期間。
  • [3] たとえばダイヤモンドと黒鉛を考えれば明らかなように、化学組成が同じでも(ダイヤモンドも黒鉛も化学組成は炭素100%)結晶構造が違うならば鉱物としては別種である。
  • [4] より詳細には、ストロンチウムとヒドロキシ基も含まれている。カルシウム(Ca)対ストロンチウム(Sr)が99:1、フッ素(F)対ヒドロキシ(OH)基がおよそ95:5。

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
Abuite, CaAl2(PO4)2F2, a new mineral from the Hinomaru–Nago mine, Yamaguchi Prefecture, Japan
著者
Satomi Enju, Seiichiro Uehara
掲載誌
Journal of Mineralogical and Petrological Sciences 112:109–115 (2017)
研究室HP
地球惑星物質科学分野
キーワード
鉱物、化学組成、結晶構造、X線回折