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プランクトンで知る海の環境(

プランクトン生産量の変化と海洋環境の変動の関係

北西太平洋の深層において、沈降動物プランクトン「レディオラリア」を採集しその生産量に与える影響を調べた結果、調査海域の海洋環境は西のオホーツク海の水塊や千島列島などの沿岸水の影響を強く受け、中層では季節によって環境が変動することが分かった。プランクトン生産量を用いた海洋環境の特定は、過去の海洋環境を復元し、地球の環境変動のメカニズム解明に向けた手がかりとなる。地球惑星科学専攻の池上さんらが海の研究に発表した。

池上 隆仁(理学府 地球惑星科学専攻)

海の環境が地球全体の環境に影響を与える

大気中の二酸化炭素は、光合成をする過程で植物に直接吸収されるほかに海水にも溶けて吸収される。

海水による二酸化炭素の吸収量は、水温や海水に含まれる塩分、栄養塩、溶存酸素の濃度など、そのときの海洋環境によって変化する。海は全地球表面の71%を占めるため、海洋環境の変化は大気中の二酸化炭素濃度をはじめとした地球全体の環境変動に大きな影響を与える。

環境変動の仕組みを理解するために、過去の環境変動と海洋環境との関係を調べる研究が進められているが、そのためには海洋環境が過去どのような状態だったかを知る必要がある。

過去の海洋環境を推定する方法

過去の海洋環境を推定する指標のひとつに、海洋中に多く生息する動物プランクトンがある。

動物プランクトンは水温や塩分などの環境変動に反応して生産量や分布が変化する。また、動物プランクトンは海底堆積物の中に化石として保存されているものがあり、その量は当時の海洋環境を反映しているものと考えられる。

現在の海洋環境と動物プランクトンの個体数の関係が明らかになれば、動物プランクトンの化石量から過去の海洋環境を推定することができる(図1)。

図1
図1古環境復元のための3つの手法 (1) セディメント・トラップにより数週間・数ヶ月〜数年の季節変動と生産量を知る。(2) プランクトンネットによりサンプリング時の生息深度と現存量を知る。(3) 堆積物コア(柱状堆積物)から古環境の推定を行う。

珪酸けいさん質プランクトンで深層の環境が分かる

動物プランクトンの中でも放散虫類のレディオラリアは、海洋表層(水深0m~200m)だけでなく、中層(水深200m~1,000m)や深層(水深1,000m以下)にも生息している。

さらに殻が珪酸質のSiO2·nH2O(非晶質シリカ)でできているため、炭酸塩が海中に溶けてしまうような深さでも化石として保存される。

そのため水深1,000mを超えるような深い海域で、過去から現在までの環境変動を知る上でレディオラリアは非常に有用なプランクトンである。

深層でのレディオラリア生産量の調査

これまでベーリング海をはじめとした北西太平洋の数カ所で、水深300m~3,000mに沈降プランクトン採集装置(セディメント・トラップ)を設置してレディオラリアの生産量と海洋環境の調査が行われてきた(図2)。

今回、西部亜寒帯循環と呼ばれる海域で、過去の調査よりも深い水深4,810mに14ヶ月間にわたり採集装置を設置し、レディオラリアの生産量と海洋環境の変化を調査した。

図2
図2北西太平洋とオホーツク海のセディメント・トラップ観測点及び表層海流

レディオラリア生産量の季節変化から、海洋環境の変動の様子が明らかに。

レディオラリアの個体数をもとに生産量を推定し、周辺環境との関係を解析した結果、オホーツク海からの水塊や千島列島、カムチャッカ半島東岸からの沿岸水の影響を強く受けることが分かった。つまり亜寒帯循環内の海洋環境は、海域より西の水塊や沿岸水の影響を強く受けていることを示している(図3)。

また、中層に生息するレディオラリアの生産量の季節変化は、海洋表層の一次生産だけでなく中層における栄養塩や溶存酸素、捕食圧や餌となるバクテリア量などの他の要素に強く影響を受けていることが分かった。このことから、中層の水塊環境は季節により大きく変化していることが明らかとなった。

図3
図3西部亜寒帯循環内におけるレディオラリア・フラックスの変動と水塊環境の変化との対応

池上さんは「今回明らかになったレディオラリアの生産量の変動と西部亜寒帯循環内の様々な深度での水塊環境の変化との関わりは、レディオラリア化石を用いて古環境復元を行う上での重要な手がかりになる」と話す。

研究こぼれ話

図A1

画像は、池上さんが作成し2010年7月21日〜8月30日に福岡市立少年科学文化会館において開催された「人のからだ・動物のからだ」展の来館者を対象に配布されたはがきです。はがき作成の意図や、展示会の様子などを池上さんにお聞きしました。

「“環境を語る小さな生き物”というテーマでレディオラリアを紹介しました。化石というと貝や恐竜の骨を多くの人は想像すると思います。しかし、顕微鏡で見ないと分からないような生物まで化石になり、身近にも実は化石がたくさんあるということ、そしてそれらが非常に多様で美しい形態をしていることなどを子ども達に知ってもらう目的ではがきを作成しました。」

——展示会での反応はいかがでしたか?

「はがきは全部で10種類作りましたが、レディオラリアを宇宙船に見立て宇宙を背景にした上記のはがきをはじめとして、子ども達だけでなく大人にも大人気でした。」

図A2

より詳しく知りたい方は・・・

タイトル
北西太平洋西部亜寒帯循環内Station K2におけるレディオラリア(放散虫類)・フラックスの季節変動
著者
池上隆仁, 高橋孝三, 石谷佳之, 田中聖二
掲載誌
海の研究 19:165–185 (2010)
研究室HP
古環境学研究室
キーワード
レディオラリア(放散虫類)、セディメント・トラップ、西部亜寒帯循環、Station K2、北西太平洋